今も昔も君は君と同じ設定


※先に読んでた方がいいかもしれません












昨夜は職場の同僚達と飲み会が催されていて、三件の飲み屋を梯子した後の解散だった。…いや、解散というには些か語弊があるので訂正させていただこう。本当はそのまま始発が動く時間までカラオケに行こうと提案されていたのだが、彼――破天荒は、それをわざわざ断って、一人帰宅することを選んだ。







だから『解散』ではなく『離脱』というのが一番近く、そして正しいのだと思う。






勿論終電はとっくに無くなっていたが、最後に入った飲み屋が自宅の最寄り駅から一駅しか離れておらず、歩けない距離でもなかった為、タクシーを拾わずにそこから徒歩で帰宅したのである。だが、酒に蝕まれ程良く酔っていたからか、足を動かすのがかなり億劫に思えてしまい、帰り着くのにはかなりの時間を要してしまった。なので、解散したのが午前一時過ぎだったというのに、自宅に帰り着いたのは驚くなかれ午前二時半であった。






それから眠い目を擦りながら軽くシャワーだけは浴びて、髪を渇かすのもそこそこにいそいそと布団にくるまった。アルコールによって限界まで迫っていた眠気により、眠りの世界に落ちるのはあまりに呆気なかった。これが午前三時過ぎのことである。



以上、破天荒の昨夜の軌跡でありました。







そして、これから先語られますのは、その翌日の彼の軌跡であります。









「起きろ破天荒!」
「っで!!」






背中に突如与えられた衝撃により、破天荒は深い深い眠りから意外にもあっさり引き上げられてしまった。睡魔の誘惑に抗い、まだ重い瞼を懸命にこじ開けると、眩い太陽の光が瞳を痛い程刺激した。思わず強く目を閉じ、今度は片目だけをそろそろと開けた。






そのままコロンと体勢をうつ伏せから仰向けに変えると、ぼやけた視界に映ったのは、紛れもなく同居人であるヘッポコ丸だった。破天荒同様寝起き、といった風ではなく、寝癖なんて欠片も見られない髪はいつものように結んで肩に掛けられており、口元は煙草を一本くわえていた。








考えなくとも分かる。ヘッポコ丸本人が、あろうことか熟睡して爆睡している破天荒の背中を蹴り上げ、その眠りから強制的に引き上げたのである。






「あー…? んだよ、こんな朝っぱらから…」
「もう十時だっつーの。休みだからっていつまでもダラダラ寝てんじゃねぇよ」
「良いじゃねぇか別に…俺昨日寝んの遅かったんだっつの…」






ふあぁ…と大あくびを一つかまし、再びもぞもぞと布団に潜る破天荒だったが、すぐにヘッポコ丸に布団を奪われてしまい、安息の場は一瞬で夢幻となってしまった。





煙草を口から離し、ふぅー…と紫煙を吐き出した後、ヘッポコ丸は言った。






「お前、今日は昼から買い物付き合ってくれるって約束してたじゃんか」
「買い物…?」






言われ、寝起きで惚けている頭を必死に回転させて記憶を探る。…そして、確かに今日はヘッポコ丸と買い物に行く約束をしていたことを、無事に思い出すことが出来た。





というか、その約束があったから、破天荒は同僚達の誘いを断ってわざわざ帰宅してきたのだった。眠気に呑まれてすっかり忘れていた。






「思い出した?」
「おー…」







問いに生返事で返す。眠気で目がしぱしぱするが、約束を思い出してしまった手前、無理矢理二度寝に興じることなど到底無理な話だ。というか、ヘッポコ丸がそんなこと許してくれる筈もない。ここでもう一度寝る体勢に入れば、その煙草で根性焼きされてもおかしくない。






仕方無い、と破天荒は潔く諦め、のっそりと身を起こした。幸い二日酔いにはなっていないようで頭痛も吐き気も無い。しかしまだ完全にアルコールが抜けていないのか、はたまた眠気がまだ身中にくすぶっているのか、異様なダルさが破天荒を襲う。ダルさに呻く破天荒を後目に、ヘッポコ丸は再び煙草をくわえるとさっさと扉に足を向けてしまう。






「簡単な朝飯は用意してるから、とりあえず下りてきなよ。ご飯食べれば、眠気も飛ぶだろうし」
「おー…。あ、その前によー」
「なーに?」
「おはようのチューしろ」
「黙れ」
「ケチ」
「死ね」





破天荒の申し出――というか命令に近いそれを一刀両断し、先行ってるからなーと軽く言って、ヘッポコ丸は一足先に部屋を出て行ってしまった。あまりの躊躇いの無さに呆気にとられてしまい、破天荒はその後ろ姿を呼び止めることすら出来ず呆然と見送ってしまった。








四年前に比べ、恥じらいも初々しさもすっかり影を潜めてしまったヘッポコ丸に物足りなさを感じてしまう破天荒だったが、この四年間でヘッポコ丸がそれだけ成長したのだと考えれば、それは良いことなのだと思う。…しかし時折、付き合ったばかりのあの純粋すぎるほどだったヘッポコ丸に戻れば良いのに…とか、破天荒は考えてしまうわけで。簡単に言えば、昔のように純朴な態度を取ってほしいと思っているわけで。







しかし、今更願っても到底無理な話だ。そんなこと、百も千も億も承知している。…それに、このヘッポコ丸の変化は、そうやって破天荒の扱いに誰よりも長けてしまう程に長く、永く、一緒に過ごしていたという証に他ならない。






「まぁ…全然面影無くなったってわけじゃねぇんだけどなぁ…」







自嘲に彩られた呟きは、幸か不幸か、誰の耳に入ることもなく朝日の中に溶けて、そのまま霧散していった。















「で、買い物ってどこ行くんだ?」






ダルい体を引きずってなんとかリビングに辿り着いた破天荒は、そこでヘッポコ丸が用意してくれていたトーストとオムレツとサラダを食べた。それによってようやく眠気も抜け、ダルさも消えた。やはりあのダルさの原因は眠気によって引き出されたものだったようだ。時間に換算すれば七時間は眠っていたというのに、眠気は引かないしどうしようもないダルさを生み出す…やれやれ、アルコールの力というのは恐ろしいものである。





破天荒はアルコールの脅威をしみじみと実感しつつ、ヘッポコ丸が煎れてくれたコーヒーに舌鼓を打った。当然のように、破天荒のコーヒーには砂糖もミルクも入っていない。元来甘いものが苦手な破天荒は、ブラックのコーヒーを好んでいる。とりわけ、ヘッポコ丸が煎れたコーヒーが破天荒のお気に入りだった。



ヘッポコ丸以外の人が煎れたものとどう違うのか、明確にそれを説明するのは難しい。ただ単に惚れてしまったことで生まれた欲目で、特別視してしまっているだけの可能性はある。まぁ何であれ、破天荒がヘッポコ丸が煎れてくれるコーヒーを一番好んでいるのは紛れもない事実だ。多分これから先も、ヘッポコ丸が煎れてくれたコーヒー以外を好んで飲むことは無いのではないだろうか。







コーヒーに舌鼓を打ちつつ、今日の予定を再確認するつもりで破天荒はそう問うた。ヘッポコ丸は、破天荒の分を作るついでに作った自分のカフェオレを啜り、それに答えた。







「この前近くにちょっと大きいショッピングモールが出来たろ? あそこ」
「あぁ、あそこか」







ヘッポコ丸の言葉のままだが、つい最近、ここから徒歩二十分程の所にそこそこの規模のショッピングモールがオープンした。店の前を通りすがったことは何度かあったが、まだ中に入ったことは無い。きっとそれはヘッポコ丸も同じなのだろう。だから、お互いの休みが被ったこの日に、わざわざ破天荒を誘ったのだろう。






単に探索したいだけなのか、純粋に買い物を目的としているのか…どちらの理由であれ、これでは、まるで――






「デートみてぇだな」







口角を歪めて破天荒が言うと、ヘッポコ丸はカフェオレを吹き出――すことは無かったが、それでも気管に入ってしまったらしく、ゲホゲホと盛大に咳き込んだ。見て分かるあからさまな動揺に、どうやらそれは正鵠を得ていたようだと破天荒は一人ほくそ笑んだ。











デート。それはさながら、砂糖をまぶした菓子のような甘美な響きを含んでいる。













付き合い始めて四年。デートをしたことが無いわけでは勿論無い。ただ、最近二人共仕事が忙しく、どこかに出掛けたりとか、そういった恋人らしいことから御無沙汰だった(夜だけは盛んだったのだが、それとこれとは話が別だ)。だからこの提案は、久方振りに公の場で恋人らしいことが出来る、なんとも嬉しいものだったのだ。







最初提案された時はそこまで考えが至らなかったのだが、再度噛み砕いて考えてみれば、そういう意図にしか思えない。少なくともヘッポコ丸は、そのつもりだったようだし。







「ケホッ……は、恥ずかしいことさらっと言うなよ!」
「別にデートは恥ずかしいことじゃねぇだろ。なんだよ、自分は最初からその気だったくせに」






そう指摘してやると、ヘッポコ丸はフイっと顔を逸らした。その頬や耳が赤いのは、破天荒の気のせいではないだろう。








恥じらいも初々しさもめっきり見せなくなったヘッポコ丸。しかし不意に、自分の心を見透かされたかのように図星を突かれてしまうと、彼は昔のように余裕の無い、ただの純情少年だったあの頃のようになってしまう。














例えば、先程破天荒を起こしに行った時になされたやり取りを思い出してほしい。あの時、破天荒はキスをするようヘッポコ丸にねだった。しかしその時のヘッポコ丸はなんの動揺も恥じらいも見せず、にべもなく弾いた。






それなのに、破天荒が発した「デート」の一言ではどうだっただろうか。……御名答。ヘッポコ丸は、あまりにあからさまな、動揺を見せていた。「デート」と「キス」であれば、大多数の人間が「キス」の一言に動揺と恥じらいを見せるのではないだろうか。










なのにヘッポコ丸は全く逆で、何故だか「デート」の一言に過剰な反応を見せていた。それは、どうしてか。











――この四年間、ヘッポコ丸はずっと破天荒と一緒に過ごしてきた。だから、破天荒のリズムはすでに手に取るように分かる。あらゆる場面で、『コイツなら多分こう言ってくるだろう』とただ予想を立てて、あとは待ち構えるだけで良い。そうすると破天荒は、八割の確率でヘッポコ丸が想定した通りのことを言ってのける。「キスしろ」だとか、「抱きたい」だとか、その他諸々。ヘッポコ丸と付き合い始めて、欲望に関してはとても分かりやすく素直になった破天荒相手だからこそ成せる技だ。






だがしかし、残りの二割は残念ながら予想が外れ、虚を突かれて慌ててしまう。現に今、まさかこの状況でそんなことを言われるとは思ってもみなかったために、ヘッポコ丸は慌てふためき、狼狽を見せているのである。









破天荒が時折垣間見れる、付き合い始めた当初の純情少年の面影。それは破天荒が、ヘッポコ丸の予測を上回れたという証なのである。…まぁ、破天荒は事実を知ったとしても喜ばないだろうが。年下の恋人に見下され、しかも単純バカの烙印を押されているなど、知ったところで誰が喜び勇むものか。










妙な静寂が部屋を包む。片や気まずそうな、片や楽しそうな、まるで正反対な表情で互いに口を噤んでいる。しかしそれが嫌な沈黙ではないのだから不思議である。






「…久しぶりだったからさ」
「ん?」






沈黙を破ったのは、ヘッポコ丸。頬の赤みは引き、すっかり余裕を取り戻した澄ました表情で破天荒を見据えている。







「二人でどこかに出掛けるのがさ。前は結局、どこにも行けなかったし」
「あぁ〜…お前に至ってはほとんどベッドから出てねぇしな」
「お前のせいだよこの絶倫」







ヘッポコ丸の声があからさまに低くなり、破天荒のからかい口調がバッサリと相殺されてしまった。心なしか、ヘッポコ丸からとてもどす黒いオーラが放たれているようにも見える。ヘッポコ丸にとって、それは言われたくないことだったらしい。






ベッドから出られなかったのは、十中八九破天荒が原因であろう。その要因がどういったものなのか…詮索するのは、野暮というものだ。仮に詮索したとしても、正直に答えてはくれまい。








その原因の種は、その状態に陥っていたヘッポコ丸の姿を思い出したらしく、ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべている。おそらく二人の距離が近かったのであれば、ヘッポコ丸はその手に持っているカフェオレを破天荒の顔面にぶちまけていただろう。






「そもそも、お前がなかなか俺を解放しなかったんじゃねぇか。もっと〜とか言ってよぉ」
「言わせたんだろうがボケ。散々好き勝手しやがったくせに」
「でも悦んでたじゃん」
「……うるさい」






お前がそういう風に仕込んだんだよ、という言葉を、ヘッポコ丸はすっかり温くなったカフェオレと一緒に飲み込んだ。それを言ってしまえば、この男が調子に乗るのは目に見えている。これ以上調子に乗らせたら鬱陶しいことこの上ない。今否定しなかった分、多少はつけあがらせてしまうかもしれないが、その程度は仕方無い…と、割り切ることにした。




カフェオレを飲み干し、カップをシンクに置いて、ヘッポコ丸は新しい煙草に火を付ける。紫煙をフーッ…と吐き出して、気を取り直して破天荒を見やった。







「でもさ、良いでしょ? 久しぶりのデートを、俺が喜んじゃいけない?」








さっきまでの動揺を巧妙に消し去り、笑顔でそう問い掛けてくるヘッポコ丸に、破天荒は苦笑いを浮かべる。






「誰もんなこと言ってねぇよ」







空いた皿とカップをヘッポコ丸同様シンクに置き、そのまま頬に小さなキス。デートを喜んでいるのは破天荒も同じだと、何故だか彼は行動で示した。擽ったそうに身を捩り、ヘッポコ丸は付けたばかりの煙草を灰皿に置いた。そしてそのまま自然な動作で、二人の唇は合わさった。





触れるだけの至極軽いキスを幾度か繰り返した後、顔を離した二人はまたクスクスと笑った。――あぁ、好きだなぁ。幸せだなぁ。







そんなことを、互いに思いながら、二人は笑った。







「…買い物、行こうぜ」
「うん、行こっか」
 








今日は目一杯オシャレして行こうかな。新しく出来たショッピングモールで、お互いにプレゼントでも買ってみようかな。喫茶店でお茶でも飲めたら良いな。晩御飯も、今日は少し豪勢にしても罰は当たらないかな。








心が弾む。鼻歌も今日はやけにノっている。デートって、こんなにウキウキするものだったかな? こんなにワクワクするものだったかな? 久しぶりすぎて、そんなことも分からなくなっちゃった。…でも大丈夫、すぐに思い出せるよ。











だって――隣には、最愛の人が居るんだから。














宝探しのような
(な、途中まで手繋ごうぜ)
(…人が居ないとこまでだからな)






しまった、買い物行ってねぇ← はい、というわけで未来捏造第二段でした! 何書きたかったのか途中で分からなくなったけども(おい)。



まぁ、なんていうのかな…この二人のね、休日風景が書きたかったのはそうなんだよね。でも終わりが見えなかったのでただ文を書き殴っただけみたくなったワロスww





なんだかんだで長く一緒に過ごしてる二人だから、たまには初心を取り戻してほしいなー……って願望がへっくんの余裕を崩すくだり。で、破天荒に対して色々躊躇しなくなったへっくんっていう願望が蹴り起こすくだり。他にも書きたいシーンは書けたから満足だ(^^)/






栞葉 朱那

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