午後十一時。そろそろ寝ようかなーと考えていた時、突然携帯が着信を告げた。
こんな遅くに誰だろう…そう思いながらディスプレイを見ると、そこには『赤司征十郎』の文字。オレは慌ててボタンを押して電話に出た。
「も、もしもし」
『出るのが遅い。僕からの電話には三コール以内で出ろ』
「いや、無茶言うなよ…」
もしもしも言わずにいきなりなんなんだコイツ…呆れてオレはか細いツッコミしか出来ない。赤司が傍若無人なのはとっくに知ってるから、強く反論するのは無意味だってのもとっくに知ってる。だからもう、赤司の無茶苦茶な言い付けはスルーしてしまうに限る。
なんにせよ、せっかくの恋人からの電話。しかも赤司から掛けてきてくれたとなれば、自然と嬉しさが込み上げてくる。携帯を握る手に少し力が籠もったのが、嫌でも分かった。
紆余曲折あって晴れて恋人同士になったオレと赤司だったけど、片や京都で片や東京。所謂遠距離恋愛で、なかなか会えない。だからその分メールとか電話で補うんだけど、赤司ってあんまりメールとか電話とか自分からしてくるタイプじゃないから、連絡するのは専らオレの役目だった。
勿論オレがメールしたらちゃんと返してくれるし、電話したらちゃんと出てくれるんだけど…赤司から、っていうのは本当に稀有なことだ。しかもしてくるのは、休みが突然取れたってのばっか。本当に他愛ない内容の電話とかメールって、今思い返してみれば皆無だった。「今日の晩御飯なんだった?」みたいなのでも良いから、たまには赤司からもそんなくだらない連絡が欲しい。
…と、話が逸れた。今はこんなことを愚痴ってる場合じゃない。その赤司が自分から連絡してきたんだ。一体なんの用だろ。休みが取れたって報告にしても、その割にはいつもより遅い時間だ。
まさか赤司がなんの理由も無く電話してくるはず無いし…なんだろ。
「どうしたの? 赤司が電話してくるなんて珍しいね」
『なに? 僕が電話しちゃいけない?』
「そうじゃなくってさ。赤司から連絡してくることなんか、滅多に無いじゃん」
『寂しかったかい?』
「なんでそうなるんだよ!」
た、確かに寂しいよ…寂しいけどさ…でもそれを本人に吐露したらなんか負けた気がするからしない。いや、オレが赤司より勝ってることなんて一つも無いんだけども。
というか、赤司はオレみたいな男から「寂しい」って言われて、嬉しいのかな。逆に煩わしいって思いそうなんだけど。
『今変なこと考えてなかった?』
「えっ!? か、考えてない考えてない!」
エスパーかコイツは! 怖いよ!
「そ、そんなことよりさ! ホントどうしたの? こんな珍しい…」
『あぁ、別に大した用じゃないんだ』
「ふぅん…?」
大した用じゃない、か。ますます珍しい。だけど「大した用じゃない」って言う割に、電話口の赤司はどことなく楽しそうだ。声の調子が、いつもと違う。
大した用じゃないけど楽しくなるようなこと…ってなんだろう。ちょっと考えてみたけど、残念ながらそんな難解な問いに答えを見いだせるわけがなかった。
「一体どんな用?」
『なんてことないよ。寝る前に降の声が聞きたくなっただけ』
「………え」
なんでもないようにポロッと零された赤司の言葉に、オレはなんとも間抜けな声を上げてしまった。そして脳内でその言葉の意味をしっかり噛み砕いて考えて、理解した瞬間、頬が尋常じゃなく熱くなったのが分かった。
――降の声が聞きたくなっただけ。
確かに赤司はそう言った。たったそれだけの理由で、あの赤司が、オレに電話してくるなんて、全然信じられなかった。なんだろう、オレ夢でも見てんのかな。まだ寝てないのに。
『目的は果たせたし、そろそろ切るよ。明日寝坊しないように』
「な、え、ちょ、」
『おやすみ。愛してるよ』
チュ、なんてなんとも赤司には似合わない可愛らしいリップ音を最後に、通話は切れた。もう赤司の声は聞こえない。聞こえるのはツーッツーッという無機質な機械音だけ。
オレはといえば、赤司が最後に落としていった爆弾が強烈すぎて、不様に固まったままだった。きっとこんなオレを見たら、赤司は鼻で笑うに違いない。
「…っも…なんなんだよ、アイツ…」
電源ボタンを押し、携帯をその辺に放り投げる。そして自分も自分で苦しいくらいに枕に顔を埋めた。こうでもしないと、この言いようのない恥ずかしさは隠せない。
顔が熱い。ついでに心臓もドクドクとすごく五月蝿い。どんだけだよって自分にツッコミ。でも、仕方無い。こんなイレギュラーな事態に、順応出来る方がおかしい。
ホント、簡潔な用だったな。満足したらすぐ切っちゃったし…。電話してきてくれて嬉しかったし、その理由だって、恥ずかしかったけどそれよりも嬉しさの方が勝ってる。それなのに、あまりにあっさりしててなんだか……さみ、しい。
「おやすみじゃねぇよ…寝れるわけないじゃんか…」
さっきからドキドキしっぱなしで、そのせいで眠気がどこかに吹っ飛んだ。もう、今夜はこのまま眠れないかもしれない。仮に眠れたとしても、絶対寝坊する。その自信がある。
――会いたくなった。無性に、赤司に会いたくてたまらなくなった。あんなこと言われて、会いたいって思わないわけない。それもこれも、全部全部赤司のせいだ。
「くそー……オレだって、愛してるよ…」
本人に伝え損ねた言葉は、枕に吸い込まれて誰に届くことも無かった。
(そして案の定、オレは次の日寝坊してカントクにこってり絞られた)
――――
貴方の言葉ひとつで
ナイトメア/レゾンデートル