クラスの日直制度を無くしてほしいと思ってるのは、多分俺だけじゃないと思うんだよね。クラスの結束を深めるためだーとかクラスの現状を把握するためだーとか大義名分掲げられても、こんなもんでクラスの結束力が深まるとは到底思えない。




日直=雑用係。この方程式はどうやったって覆らない。




日誌を書いて、黒板を綺麗にして、花に水やって…これのどこでクラスの結束力がどうのこうの言えるのか教えてほしい。結束力深めるために、とか言うわりに、明らかに雑用ばっかじゃん。絶対いらないと思うんだよね、日直係り。





「…って思ったって、目の前の現実は変わらねぇんだけど」





溜め息を一つついて、俺はさらさらとシャーペンを紙面に走らせる。今日は俺が雑用係、もとい日直当番の日で、今俺は日誌を必死こいて書いてるところ。





早く部活に行きたいから、いつもは他の雑用をやる代わりにもう一人の日直係りに任せてたんだけど、生憎今日は風邪でお休みなんだよね。だから俺がやるしかないという。なんだろうこの強制イベント。



うなだれていた俺を気遣ってくれたのか、水戸部が一緒に居残って手伝うと申し出てくれた。申し訳ないから一度は断ったんだけど、水戸部が手伝うって言って譲らないから、結局俺が折れて手伝ってもらうことにした。水戸部の優しさは素直に嬉しかったし、係りの仕事のためとはいえ、少しでも二人きりの時間が持てるのにウキウキしてたってのもある。






…なのに、今は水戸部はここには居ない。最後のSHRで先生にゴミ出しまで押し付けられたせいだ。確かにゴミ出しも日直の仕事なんだけど、何もこんな日に言わなくてもいいのに…ってちょっと先生を恨んだ。






日誌が一番時間掛かるから、代わりに行ってくる――表情だけでゴミ出しを買って出てくれた水戸部に、次は遠慮せず甘えておいた。水戸部が指摘した通り、この日誌記入というのが一番時間が掛かるし手間だ。各授業の内容、一日の出来事、明日の時間割りの記入…といった具合に、書かなきゃいけない項目は案外多い。





せめて水戸部が帰ってくるまでに書き上げたいけど…難しいかもしれないなと俺は考える。各授業の内容をせかせかと書き入れていたんだけど、四限間目の英語だけがどうしても埋まらない。理由は簡単、俺が居眠りしちゃったから。俺のクラスの担任の先生は日誌に妙に厳しいから、手抜きが許されない。手を抜こうもんなら書き直しを命じられる。そうなったら大幅な時間ロスに繋がる。それだけは避けたい。俺だけじゃなくて、水戸部まで部活に行くのが遅れちゃう。それで水戸部も一緒に怒られるのは申しわけなさすぎる。




だから、内容が分からないからと言って知ったかぶって埋めるわけにはいかない。万が一それが偽りだと見抜かれれば、書き直しを言い渡されるのは目に見えてる。





「水戸部が帰ってきたら教えてもらお…」





部活に遅れちゃうけど、適当に書いて書き直させられるよりそっちの方が遥かにマシだ。そう見切りをつけて、俺はその項目を飛ばして違うところをさかさかと埋めていくことに専念することにした。





「よー小金井ー」
「ふえ?」





そんな時、不意に名前を呼ばれた。顔を上げると、教室の入口に他のクラスの友人である山根と橋口が立っていた。今から帰るところっぽくて、多分俺の姿が見えたから声を掛けてきたんだろう。





「どしたの二人とも」
「お前こそなにやってんだよ。もしかして日直?」
「もしかしなくてもそうだよ。邪魔すんなよなー」
「うわ、かわいそー」
「ほっとけ」




おちゃらけながらそう返し、俺は日誌に視線を戻す。山根と橋口は教室に入り込んできて、そのまま俺の周りの席にドカッと腰を下ろした。あれ、邪魔する気満々?





「そんなん女子に任せりゃいいのに」
「今日風邪で休みだから、俺がやるしかないのー」
「お前そんなとこまで器用貧乏なのかよ」
「関係なくね!?」





笑いながら言う山根に強く反論する。だってここで器用貧乏関係無いじゃん? 今日はたまたま運が悪かっただけだって、うん。俺は確かに器用貧乏だけど、こんなとこまでそれが影響してるとは思えない。というか、思いたくない。





「良いんだよ、水戸部が手伝ってくれてるから」





話題を逸らすように水戸部の名を口にすると、途端に二人は苦い顔をして顔を見合わせた。少し、場の空気が悪くなったような気がする。…気のせい?





「どしたの?」
「や…なぁ…?」
「うん…」






二人はやたら言葉を濁して、なんとも複雑そうな顔を作る。あからさまな態度の変貌に意味が分からなくて、俺は首を傾げるばかり。








なんだろう、俺なんか変なこと言ったっけ? いや、言ってないはず。水戸部は優しいんだぞって、そういうニュアンスでしか無かったはずなのに。なのになんで、二人はこんな顔をするんだろう。






「…オレさぁ、苦手なんだよな〜水戸部って」
「……え?」





変に流れていた沈黙を破ったのは、橋口。しかし発された言葉の意味が上手く飲み込めず、俺はマヌケを晒して固まるばかり。








え、なに、どういうこと? …苦手? 誰のことが? …水戸部、が…?









「な、なんで?」
「だってあいつさぁ、全然喋んねーじゃん」
「そうそ、変な奴だしー。ちょっと根暗っぽいよな?」
「あー分かる! 静かすぎんのが逆に不気味っつーか」
「キモいよなー」





言いたい放題言って爆笑してる二人を前に、俺は拳を握り締める。それは、隠しようもない怒りからだった。







いくらなんでも、言って良いことと悪いことがあるだろ。これは間違い無く後者。二人に水戸部と直接繋がりが無くたって、水戸部の友達である俺の前で言って良いことじゃない。そんなことの分別もつかないのか、この二人は。









お前らに何が分かるんだよ。水戸部のこと、なんにも知らないくせに。関わったことも無いくせに。それなのに、水戸部のことそんな風に勝手に決めつけて、悪く言うなよ。あいつは好きで声を出さないんじゃない。根暗なんかじゃない。そんな些細で簡単なことも分からないくせに、知ったかぶるな――!










気付けば、拳を机に叩き付けていた。衝動で殴りかからなかっただけ、自分の理性は分別を弁えているらしい。ドンっ、と些か大きな音が教室内に響く。尚も水戸部の悪口を言い合っていた二人はその音に体を跳ねさせ、そして沈黙した。





「…あのさ」





発せられた自分の声は、思っていたより低くて、怒りを多大に含んだものだった。





「それ以上水戸部のこと悪く言うなら、俺、なにすっか分かんないよ」





低い声音でそう告げる。学校でここまで直情に怒りを誰かにぶつけたことなんて一度も無かったから、二人は俺の怒りっぷりにひどく困惑しているように見えた。「え」とか「あ」とか意味の無い単音をしばらく発した後、二人は口を揃えて「ごめん」と小さく謝罪の言葉を口にした。




それでも俺の怒りは収まらなくて、二人を強く睨み付ける。無言の眼光に耐えかねたのか、その内二人はなにも言わず、カバンを掴んでそそくさと教室を出て行ってしまった。一人残された俺は、未だくすぶるこの怒りをなんとか宥めようと一つ息をついて、とりあえず日誌を書き上げてしまおうと続きに取り掛かる。一日の出来事の欄を埋めていく文字達は、余分な力が入ってしまっているのか、他の項目とは筆圧が見て分かるぐらい違っていた。






――水戸部が戻ってきたのは、二人の足音が遠退いて、完全に聞こえなくなった時だった。






「水戸部…」
「………」






水戸部は相変わらず何も言わない。黙ったまま俺の側まできて、さっきまで橋口が座っていた前の席に腰を下ろした。眉を垂らして、お疲れ様、といつも通りの柔和な笑みを俺に向けてくれる。





…でも、その笑顔が、僅かに翳っているように思えた。きっと俺にしか分からないだろう、それはあまりに些細な違いだった。





「…もしかして、聞いてた?」





あの二人の無体な悪態を。笑みが翳っている理由で、思い当たるのはそれしか無くて、俺は恐る恐る聞いてみた。すると水戸部は躊躇いがちに、だけどしっかり頷いた。ちょっと気まずそうに、目を逸らしながら。







…そうだよな。ゴミ出しに、そんなに時間が掛かるはず無いよな。遅いなーと思ってたけど…と、俺は一人納得する。













多分水戸部が戻ってきた時、運悪く、あの二人の声が聞こえちゃったに違いない。いきなり自分の名前を出されて、しかもその内容が悪態なんだ。何食わぬ顔で入っていけるはずも無く、扉の影に身を隠して、入るタイミングを計っていたんだろう。


そうしてモタモタしてる間に俺が怒り出してしまったから、余計に出て行きにくくなって。結局俺達の間に割って入れないまま二人が出て行ってしまったから、こうして俺と対峙するしか出来なくなっちゃったんだ。





「…気付いてあげられなくて、ごめん」





あの時、水戸部が戻ってきていることに気付いてさえいれば、あの言葉の意味に踏み込んでいくことは無かったのに。そうすれば、水戸部を傷付けるような言葉を引きずり出すことも無かったのに。



俯いてもう一度「ごめん」と呟くと、頭にポンッと温かな感触。ちろっと顔を上げると、伸ばされてるのは水戸部の腕。水戸部の手の平は、俺の頭の上。





そのまま優しく撫でられる。俺が大好きな、水戸部のおっきくて温かい手の平。それはさながら俺を安心させるように、慰めるように、一定のペースで与えられる。視線だけで水戸部の顔を見る。そこにあった笑顔にはもう、翳りは無かった。そこにあったのは、今度こそいつも通りの、大好きな笑顔だった。





「………」
「庇ったんじゃないよ。水戸部のために怒るのは当たり前じゃんか」
「………」
「優しいのは俺じゃなくて水戸部だろ? あんなに言われて、ムカつかなかったの?」
「………」
「言われても仕方無いって…それじゃ駄目だよ」





端から見れば俺が一方的に喋ってるように映るだろうけど、俺は水戸部の目を見ていれば、考えていることや言いたいことは大体分かる。だから、水戸部が言葉を発する必死なんて無い。最低限俺が水戸部の意志を汲み取れれば、それで良い。






付き合いが長いからこそ…そして、今は互いが特別な相手になったからこそ、成せる技だと思う。









それじゃ駄目――そう言うと、水戸部は少し戸惑った顔をして、俺の頭から手を浮かせた。その手を取って、少し強引に自分の方へ引き寄せた。ガタン、と音を立てて椅子が倒れる。それを立て直す暇なんて与えず、俺と水戸部の視線は交叉する。




出来るだけ真面目な顔を作って、俺は水戸部を見据える。水戸部はそんな俺を見てオロオロしてるけど、手を振り払うようなことも、顔を逸らすこともしない。力も体格も圧倒的に自分が勝っているのに、水戸部はそれを駆使して抗うことは滅多にない。




それは、水戸部が俺のやることを本気で嫌がってないっていう、何よりも明確な証拠。





「自分じゃ何も言い返せないからってただ受け止めてたら、水戸部が傷付くだけじゃん。俺そんなの嫌だ。そうやって水戸部が一人で傷付いていくのなんか…見たくない」








俺の言葉に、水戸部の目はひどく悲しそうに揺れた。今にも泣き出してしまいそうな、その瞳を覆う水の膜が涙となって零れ落ちてきそうな、そんな表情をしている。







俺の言葉を、水戸部が喜んでくれてないのは一目瞭然だった。喜んでほしいって思ってたわけじゃないけど、こうやってあからさまに凹まれると、「言わなきゃよかった」って俺の心に罪悪感が芽生える。でもこれは紛れもない本心だったし、それになにより、水戸部には知っててほしかった。俺が水戸部に、傷付いてほしくないって思ってることを。




掴んでいた手に水戸部が痛くない程度に少し力を込める。泣かないでほしい、悲しまないでほしい――この気持ちが、そのまま伝われば良いのに。





「ねぇ、水戸部」





ゆっくりと、水戸部を呼ぶ。水戸部は相変わらず悲しげに眉尻を下げたまま、俺を真っ直ぐ見据えてる。





「次おんなじこと言われたら、真っ先に俺に言えよ? 俺が代わりに言い返してやるから」
「………」






水戸部の視線が彷徨う。そんなことをしたら俺に迷惑が掛かるんじゃないかって、気にしてるんだろう。





「迷惑とか思わないよ。言ったろ? 俺が、水戸部が一人で傷付くのを見てらんないだけだって」
「………」





でも、とまだ言い淀む水戸部に痺れを切らした俺は、ちょっと強めに水戸部にデコピンを食らわせた。与えられた刺激に、水戸部はポカンと口を開けて目をパチクリさせている。そりゃあ、いきなりデコピンされたら唖然とするしかないよな。



でも、俺は謝らない。これは言わば愛の鞭なんだから。





「でもは無し。そうやってなんでも一人で抱え込もうとすんの、水戸部の悪いとこだぞ。嫌なことは嫌で良いんだよ。そんなんで誰も水戸部を咎めたりしないよ」





だから、もっと俺を頼ってほしいんだ。そりゃあ、俺は水戸部みたいに頼もしくないし、頼りがいもないけどさ…。



…でも、好きな子を守りたいっていう気持ちは、人一倍強いって自負はある。水戸部が傷付く姿なんて見たくない。なんでも我慢する姿なんて見たくない。悲しい顔なんて見たくない。苦しむ顔なんて見たくない。






そうさせないために、俺は全力を尽くしたい。水戸部を守ることに。水戸部を傷付けないために。






「水戸部が強いのは知ってる。でも、だからって傷付かないわけじゃないだろ? 悪口言われて平気なわけじゃないだろ?」
「………」
「人間なんだもん。平気じゃなくて当然なんだよ。悪いことじゃない。…逆に水戸部だって、誰かが俺の悪口言ってて、それを俺が知っちゃって傷付いてたら、嫌だって思うだろ?」
「………」





しばし逡巡した後、コクリ、と首を縦に振る水戸部。





「な? 俺も同じだよ。水戸部が傷付くのは嫌なんだ。俺の知らないとこで傷付いてんのなんか、もっと嫌だよ」







だから、傷付く前に、俺が守ってやりたい。もし傷付いちゃってら、俺が癒やしてやりたい。







押し付けがましいって思われちゃうかもだけど…でも、水戸部も同じように感じてくれるなら、分かるでしょ?






「お願い水戸部。俺に、水戸部を守らせて」
「……!」





呟きは、少し懇願に近かったかもしれない。そして、俺のこの言葉が、水戸部の強情な心を陥落させる決定打になった。




少し寄せられた体。俺もそれに倣って身を寄せる。掴んでいた手を離して、水戸部の体を抱えるように抱き締めた。呼応するように水戸部も俺を抱き締めてくれた。伝わる体温と心音が、水戸部からの返事だった。





「………」
「うん、俺は水戸部に守ってもらうよ。その代わり、俺が水戸部守るからな」






傷付かないように、大切に思うだけじゃなにも解決しない。大切にしたいなら、その思いを形にして、実践しなくちゃならない。



水戸部が大好き。だから俺は、水戸部を守りたい。






もう、あんな翳りのある笑顔なんて作らせない。水戸部にそんな笑顔、似合わない。






「笑っててよ水戸部。いつもみたいに、俺に笑ってよ」











くすませたくないの
(そう言うと、水戸部は笑ってくれた)
(「大好き」って言葉を添えて)






ほのぼのな金水が書きたいのになんでこうなってしまうのか(^q^)


俺が捻くれてるからかもしんないですが、やっぱ一言も喋らない水戸部って変に疎まれると思うんです。陰口言ってる奴なんか絶対居ると思うんです。でも水戸部は陰口を言われても仕方ないとか思ってるんじゃないかと…そう割り切って昔から過ごしてたのかなと思うと居た堪れなくなって…(;ω;`)

なのでこの話では、小金井が救世主を買って出てくれてます。しかし俺の文章が拙いせいでそれが上手く表現できない…ぐぬぬぬぬ…。









栞葉 朱那

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