※木吉は欠片も出てきません。












鬱陶しくて嫌いな筈なのに、その対象の姿が四六時中脳内に浮かんでくるっていうのはどうしてなんだろう。鬱陶しいのに。嫌いなのに。思い出しただけでイライラムカムカするのに、どうしてあんな奴の姿が頭から離れないんだろう。理由を考えてみたけど、そのせいでより鮮明にその姿を思い浮かべる結果になったから早々に辞めた。



でも、おれが敢えて考えないよう努めても、否応無しにあいつの姿が頭を掠める。中学の時に対戦したあいつの姿、ストバスで再会した時のあいつの姿、ウィンターカップで打ちのめしたあいつの姿。あいつの色んな姿を、おれは思い出す。





笑顔を称えていたり、悄然としたものだったり、呆けた顔だったり、悔しそうだったり、いつも様々な表情を、あいつは向けてくる。必死に掻き消そうとしても無意味で、繰り返し繰り返しエンドレスリピート。






おれのイライラムカムカは募っていくばかりで、それを誤魔化すためにお菓子に頼る。そのせいでここ最近のお菓子の摂取量があからさまに増えた。そんでこの前室ちんに「食べ過ぎだ」って怒られた。これも全部あいつのせいだ。イライラする。ムカムカする。ヒネリつぶしたい。





「――ってなわけなんだけどさー、黒ちんどう思う?」
「僕に言われても困ります」





おれの問い掛けを黒ちんはバッサリと切り捨てて、シェイクを一口啜った。ズズッ、とシェイクを吸い上げる音がおれの鼓膜を揺さぶる。黒ちんはいっつも直球で、こっちのことなんかお構い無しにズバズバものを言う方だけど、今日は一段と容赦がない。鉄面皮なのは相変わらずなのに、それも心なしか不機嫌さを醸し出してるようにも見える。なんでだろ。分かんない。


疑問に思いながら、おれもシェイクを一口啜る。黒ちん程じゃないけど、おれもここのバニラシェイクは好きだったりする。基本的に甘いものは好きだから。









なかなか離れないあいつの姿にとうとう嫌気が差してきて、おれは遅ればせながら原因究明に乗り出すことを決意した。…でも、決意したのは良いんだけど、原因究明するにはどうしたら良いのか全然分かんなかった。最初に室ちんに聞いてみたんだけど、室ちんは最近火神にご執心みたいでまともに取り合っちゃくれなかった。



で、考えた末、黒ちんに解決を委ねることにした。だって黒ちんはあいつと一番近いところに居るし(同じ学校なんだから当たり前なんだけど)、おれより頭良いし、絶対解決してくれると思うんだよね。…え? 他人任せすぎる? 知んないよそんなの。





「紫原君が」





シェイクを置き、珍しく一緒に注文していたポテトをもそもそと咀嚼しながら、黒ちんは切り出した。





「木吉先輩に対して、あまり良くない感情を抱いてるのは知ってました。…なのに、まさかそんな相談を持ち掛けられるとは、正直予想外でした」
「それはこっちのセリフだし。なんでおれがあんな奴のことでこんな思いしなきゃなんないのさ」
「理不尽だと言いたいんですか?」
「それ以外に何があるのさ」





バンバーガーに大口でかぶりつく。一気に半分が口内に導かれたそれをモグモグと噛みながら、今も頭にチラつくあいつの姿。バスケを好きでいることを諦めない、努力すればどうのこうのって、自分の信念を嬉しそうに語ったあの表情が、どうしても記憶から拭いきれない。






気に入らなかった。だから中学の時、完膚無きまでにボロボロにしてやったつもりだった。それなのに、あいつはまだバスケに関わっていた。だから今度こそ、完全にヒネリつぶしてやるつもりだった。…でも、それは叶わなかった。ヒネリつぶす前に、おれは負けた。完膚無きまでにボロボロにされたのは、おれの方だった。あいつに対する嫌悪感に拍車を掛けたのは、間違い無くあの敗北が原因だろう。





…それなのにどうして、こんなことになってるんだろう。嫌悪感しか向けていないはずの相手を、どうしてこんなに気にしてるんだろう。こんなのおれらしくない。あぁ、またイライラしてきた。





「ムカつく」
「僕に言われても困りますよ、紫原君」
「黒ちん、同じこと言ってないでさ、さっさとなんか考えてよ」
「無茶言わないでくださいよ」





考えてくれてるんだか、そうじゃないのか、呆れているのか、怒ってるのか、黒ちんの表情からその真意を読み取るのは意外に難しい。おれに分かるのは、今の黒ちんの機嫌があまりよろしくないってことだけ。おれの機嫌も似たようなもんだからどうこう言えないけど。





だけど、こうも黒ちんが不機嫌を醸し出すのはちょっと珍しいと思う。いつも誰にもなんにも読ませない、踏み込ませないように、無表情で居ることが多い黒ちん。感情に乏しいというより、そう振る舞うことで他人との距離を測っているような、そんな風に見える。


そんな黒ちんが、あいつのことについてやきもきするおれを見て、苛立ちを見せてる。ただ単に尊敬してる先輩を快く思われてないことに対してのことなのか、一方的に答えを求めるおれに対するものなのか、ちょっと判別がつかない。





「黒ちん、なに怒ってんの?」






分からないことは直接聞いてしまうに限る。おれはシェイクをもう一口啜ってから、そう問い掛けてみた。




すると黒ちんは、シェイクのストローをくわえたままジト目でおれを見据えてきた。そこにあるのは純粋な呆れ。ようやく感情を特定出来たかと思ったら、え、なにその目。





「…紫原君。それ本気で言ってるんですか?」
「…なにが」
「僕が怒っていると、本気で思ってるんですか?」
「だっておれにはそう見えるし〜」
「そうですか…」





ハァ…と黒ちんはあからさまに溜め息をついた。そこには疲労の色が窺える。よく分かんないけど、別に怒ってはいないみたい。…じゃあなんで溜め息? なんか余計訳分かんなくなっちゃったし。





「黒ちん、分かりにくいんだけど」
「…そうですね。どう説明すれば良いのか…僕もちょっと困ってるんです」





シェイクを啜り、黒ちんは首を傾げてなにかを考え始めた。やがて、言葉を選んでるみたいに歯切れ悪く、黒ちんは話し始めた。





「…ようするに、紫原君は、どうして木吉先輩のことばかり考えてしまうのか、理解したい…ということなんですよね?」
「ん〜…まぁ、そんなとこ」





ちょっと違うような気がするけど、あながち間違ってないから肯定で返す。おれの言葉を聞いて黒ちんはふむふむと頷いて、また思考に耽っちゃった。ちょっと、あんまりほっとかないでほしいんだけど。



でも、こうやって悩ませてんのはおれなわけで。だったら、大人しくしてる方が良いはず。……ってのは分かるけど。でもやっぱ無理。





「黒ちん〜。まだ〜?」
「……ハァ」





急かすように名を呼ぶと、黒ちんはまた溜め息をついた。しかも今度はめちゃくちゃ「面倒くさい」って感じのニュアンスを込めて。





「良いですか紫原君」





カンッ、と飲み干したらしいシェイクのカップを机に勢い良く置いて、黒ちんはギロッとおれを睨み付けてきた。…ヤバい、なんか怖い。久々に誰かを怖いって思ったよ。おれより全然ちっちゃいのに、威圧感が半端無いんだけど。





「僕がこうして火神くんと一緒に過ごす時間を削ってまで考えてあげてるんですそれなのに君は少しも待つことが出来ないんですかそこまで単細胞だとは思ってませんでしたよ大体僕に頼む前にもう少し自分で考えたらどうなんですかあぁ考えても無駄だったんですか紫原君ですもんねそうですよねあーあ火神くんに会いたいです火神くん火神くん火神くん火神くん」
「ごめん黒ちんおれが悪かったからちょっと落ち着いてほしいし」





マシンガントークよろしくな勢いで呪詛を吐く黒ちんに全力で頭を下げた。あ、おれ初めて他人に頭下げたかもしんない。貴重だよ黒ちん。…な〜んて言える雰囲気でも無いから言わないでおく。


…おれ、相談する相手間違えたのかなぁ。





「すいません、取り乱しました」





あっけらかんとそう言い放ち、黒ちんは何事も無かったかのようにポテトをもそもそ食べ始めた。あまりの態度の変わりようにおれは開いた口が塞がらない。なんだろう、さっきの黒ちんって幻? おれが変な夢でも見ちゃってた感じ?



とにかく、夢でも幻でもなんでもいいけど、また突然変貌しちゃったら怖いし困るから、バニラシェイクを追加購入して黒ちんに献上しておく。恭しくお礼を言われたけど、さっきの呪詛を吐いてた光景が全く頭から離れていない状況でそれを言われてもあんまり……うん。





「じゃあ、結論を言いますよ紫原君」





バニラシェイク一つですっかり機嫌が直ったらしい黒ちんが逸れていた軌道をすごく無理矢理修正した。話が戻されたのは良いけど、なんかスッキリしない。違うモヤモヤが出来ちゃったんだけど。


ズズッ、と早速シェイクを一口啜って、黒ちんが述べた結論は――







「――多分、恋をしているのだと思います。紫原君は」
「…………はぁ?」






恋。それはあまりに突飛で、現実味の無いもので。



――そして、おれにはあまりにも縁の無い、言葉だった。





「…黒ちん、それ本気で言ってるの?」







さっき黒ちんがおれに投げ掛けてきた問いを、そっくりそのまま黒ちんに返した。黒ちんは「本気ですよ」と率直かつ真っ直ぐな言葉でそれをまた返してきた。



おれが嘆息するのは仕方無いと思う。だって、恋だよ? よりにもよって、この嫌悪感を恋心と同列に並べられたんだよ? ムカつく通り越して、呆れるしかなくない?





「有り得ないし」
「そうですか? 僕はそう思いませんよ」
「はぁ? どこが?」






頬杖ついて、半分見下すような形で黒ちんを見据える。でも、元から存在する身長差は座っていても明確にその差を顕してて、見下してやろうとか思う前に自然とそうなっちゃってるから、見下すようなっていうのはちょっと間違ってる。どうでも良いけどさ。




そんなおれの視線にも、黒ちんは全く動じない。すっかりいつもの無表情に戻っちゃったから、もうおれには黒ちんが何を考えてるのか読み取るのは不可能だ。いつもは読み取れなくっても困らないけど、意味不明な爆弾を落とされた後だと、それがひどくもどかしく思える。






「僕も初めはどう表現すれば良いのか困っていたんですが…でも、これ以上に最適な言葉は、無いと思うんです」
「冗談も大概にしてよ黒ちん。おれがあいつのこと嫌いなの分かってるっしょ?」
「僕が冗談嫌いなの知ってますよね? それに、言ったはずです。これ以上に適切な言葉は無いと」
「……根拠は?」





言い返したいことは山ほどあるけど、何を言っても言い負かされるのは目に見えてる。だから、大人しく黒ちんの見解を最後まで聞き届けることにした。あんまり聞く気無いんだけど。




ズズッ、とまた黒ちんはシェイクを啜る。黒ちん的にはおれをじらしてるつもりは無く、ただ単にシェイクを補給してるだけなんだと思う。おれもそれに倣ってシェイクを啜る。中身はほとんど無くなっていた。





「好意と嫌悪は紙一重なんですよ。好きだからその人のことばかり考える。嫌いだからその人のことばかり考える。ベクトルはどちらも同じなんです。だから、好意が嫌悪に変わったり、嫌悪が好意に変わったりもします。紫原君のベクトルは現在嫌悪に向いてますが、それはいつでも好意に一転することが出来るんですよ」
「出来る、ってだけでしょ? おれのこれは、そんなんじゃないよ」
「でも、ただ嫌悪してるだけなら、こうして僕に意見を聞きに来る必要なんて無かったはずです。嫌いだから、の一言で片付けてしまえば良いだけの話です。でもそうしなかったのは、君なりになにか思うところがあったからなんでしょう?」
「別に…」






そんなものないよ、って一言言ってしまえば、黒ちんは引き下がったかもしれない。自分の考えが的外れだったと、思い直してくれたかもしれない。





でも、おれはそう言えなかった。どうして言えなかったのか…おれ自身が、よく分かってた。








そう。嫌うぐらいなら、さっさと忘れちゃえばよかったんだ。今までのおれはそうだった。ムカついたり、苛ついたりしたら、そんな奴はさっさと記憶から抹消してた。事実、木吉のことだって、あのストバスで会うまで忘れてた。


だから今回のことだって、黒ちんに相談するまでもなく、忘れちゃえばよかったんだ。いくら否応無しに思い出しちゃうといっても、忘れちゃえばそんなことも無くなったかもしれない。




忘れることを努力したことは無い。今までは無意識の内に忘れてたから。でも、ちょっと努力すれば、木吉のことも忘れることが出来たかもしれない。







なのに、おれはそうしなかった。…どうして?








理由は明白だ。つまり、おれの中で、木吉は、容易に忘れられない存在になってってるってこと。それ以外に考えられない。有り得ないって思うけど…でも、これが現実。これが真実だった。





「自覚しましたか?」





黒ちんが口端を弛めてそう聞いてきた。それは悪戯に成功した子供が浮かべるような、満足そうなものだった。





自分が求めていた答えだけど、こんな答えなんだったら聞かなきゃよかったって激しく後悔。この感情が恋かもしれないなんて、信じたくはなかった。…否、認めたくはなかった。おれは嫌いなんだよ、あんな奴なんて。自覚なんてしないよ。自覚する要素なんて、どこにも無いんだから。





「しないよ、自覚なんて。言ったっしょ? 有り得ないって」
 





だから、おれは黒ちんの意見を真っ向から否定する。黒ちんのしてやったり顔を崩すために、嘲笑うように、きっぱりと断言する。それが今のおれに出来る、唯一の対抗策。



否定しても、黒ちんの表情は変わらなかった。無駄な足掻きを…とでも、思ってんのかもしれない。





「有り得ないかどうかは、これから分かることですよ」
「…どういう意味さ」
「今日僕と別れて、家に帰って、君は僕の言葉を何度も何度も反芻するでしょう。そして、自身の気持ちについて深く考える。本当に恋じゃないのか…どうなのか」
「………」
「答えが出たら教えてください。関わった手前、とても興味がありますから」
「別に良いけど…黒ちんの望み通りの答えなんて、出ないと思うよ」





そう――出るわけ無い。だって、この感情は決して恋には成り得ないから。木吉に向ける感情をおれが受け入れない限り、いつまでも嫌悪でしかいられないから。





答えは出てるよ、黒ちん。せっかくだから今、教えたげる。






「おれは嫌いだよ、木吉なんて。今までも…そんで、これからも」





宣言して、おれはストローをくわえてシェイクの残滓を啜りきった。もしかしたら黒ちんは、このバニラシェイクのように甘い感情を持ってほしかったのかもしんないな…なんて、馬鹿げたこと考えた。























――――
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