☆五月
□五月十一日(火)
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引っくり返した机の足に、涼太は赤いビニール紐をぐるぐる巻く。机の足に巻く回数は決められていたが、涼太は途中から何回巻いたか忘れてしまった為、適当なところで紐を切った。
左を向くと、同じ様に机の足に紐を巻く博巳がいた。
「な、博巳。この後、どうするんだっけ?」
「真ん中でぎゅっと縛るんだよ」
「サンキュー」
涼太は教えられた通り、ピンと張った紐を同じ色の紐でキツく結んだ。最後に輪っかになった両端を切断する。
「でーきたっ」
出来上がった赤いポンポンを涼太は得意気に持ち上げる。
「良かったね。でも何か大きいけど、何回巻いたの?」
「忘れた」
「やっぱり」
そう言って博巳は苦笑をして、同じ様にポンポンを作った。博巳も赤組なので、涼太と同じでポンポンは赤い色をしている。
博巳はポンポンを軽く払い、持ち上げたが、その出来に首を傾げる。
「やっぱり上手く出来ないなぁ」
持ち上げたポンポンは何故か長さは不揃いで、一本一本の紐は細く、枯れた柳の様な印象だった。
それを見た涼太は目を丸くして、恐る恐る尋ねた。
「…何回巻いた?」
「決められた回数巻いたつもりだけど」
涼太は首を捻り、ちらりと窓際を見る。丁度作り終えた茂樹がポンポンを払っていたところだった。
茂樹は白組なので白いポンポンだった。博巳とは逆に紐の一本一本の長さは揃っており、手で持った時の形は綺麗な球体をしている。
満足げに頷いた茂樹は視線を感じて、涼太を見た。
「なに見てんだよ?涼太」
「茂樹は何回巻いた?」
「紐を机の足に何回巻いたかって?そりゃ決められた回数だけ巻いたよ。お前のは…でかいな。どうせ巻く時、数えてなかったんだろ」
茂樹は呆れた様に言い、次に博巳のポンポンに視線を移す。
枯れた柳に似たそれを見て、暫く黙った後、「何回巻いた?」と涼太と同じ疑問を口にした。
「僕も決められた回数巻いたよ」
「…そう言えば、博巳は図工とか苦手だったな」
「ふぅん、意外だな」
博巳のポンポンを受け取り、涼太は不思議そうにそれをひらひらと動かす。すると只でさえスカスカだというのに、数本の赤い紐が抜け落ちた。
「作り直したら?むしろ作るか?」
「大丈夫。折角作ったんだし、このままでいいよ」
苦笑しながら博巳は涼太からポンポンを返して貰う。
「茂樹のも見して?」
涼太に手を差し出され、茂樹はポンポンを放り投げる。受け取ると、手首をぐるりと回して出来具合を確認し、感嘆の声をあげた。
「スゲェ…意外に器用なんだな。売り物みたいだ」
「貶すか褒めるかどっちかにしろ」と茂樹は言ったが、満更ではない様子だった。
涼太はその場ですくっと立ち上がると、涼太の元へ歩いて行く。そして白いポンポンを差し出す。
当然、茂樹は手を伸ばすが、ポンポンは掌に乗る事はなかった。
「白髪ー」
「…」
涼太は茂樹の頭の上に白いポンポンを乗せると、ケタケタ笑い始めた。茂樹は余りのくだらなさに、頭にポンポンを乗せたまま、冷たい視線を涼太に送る。
「ぷっくくくっ」
そして茂樹の隣の席の幼馴染みは堪えていたが、努力も虚しく笑っているのはバレバレだ。
博巳は茂樹と目が合うと、必死に笑いを収めようとする。 しかし漏れる笑い声は茂樹の神経を逆撫でする。
怒りと恥ずかしさでぷるぷる震え出した茂樹は頭からポンポンを取ると、そのまま博巳に向かって投げた。博巳は当たった瞬間、ビクリと体を止める。
しかし茂樹を見ると、また吹き出した。
「あはっあははははっ」
「赤毛ー」
涼太は二つの赤いポンポンを茂樹の頭に、ツインテール見えるようにくっ付けていた。
「ぶっ!」
丁度それを見た作業中だった真奈美も吹き出す。茂樹の何とも言えない表情が真奈美の壺に入った。
他の生徒もつい忍び笑いを漏らす。涼太の行為だけでは大した破壊力はなかっただろう。ただ行為の対称が茂樹だった事が大きかった。クラス一の乱暴者にこんな事をする相手は今まで一度もいなかったのだ。
笑ってはいけないという意識が他の生徒の笑いを誘う。
「…」
茂樹はじろりと頭上で無邪気に笑う涼太を睨み付ける。目が合うと、全く悪びれている様子はなく、涼太はにぃっと笑った。
茂樹はもうポンポンを作った紐の束を掴むと、思いっきり涼太の顔面目掛けて投げ付けた。
給食の時間になり、茂樹は黙々とカレーを食べていた。未だ表情は固かったが、数時間前よりはずっと良かった。
クラスが一致団結して機嫌を直そうとした結果、茂樹は席から動かずとも机に給食が並び、その量も多い。欠席者分で残っているプリンは暗黙の了解により、茂樹の物であった。
カレーが普通盛りだった涼太はペロリと平らげ、おかわりをしに行くと、端に置かれた小さなカップに目を奪われた。
「プリン食べたい人いるー?」
涼太は振り返り、クラス全員に問いかける。勿論、全員が気が気ではない。
何時もだったら誰かは欲しいと名乗り出るはずなのに、返事はない事を不思議に思いながら、涼太は首を傾げた。
「誰もいないから、とっとと席に着け」
「はーい」
担任にそう言われ、涼太はカレーとプリンを持って席に着いた。
涼太が給食を食べる班は三人。列ごとで食べているので、博巳と茂樹も一緒だ。
「茂樹、食べないのか?プリンだぜ?」
席に着いた涼太はそう尋ねるが、茂樹は眉を寄せて無視をする。ちらりと博巳を向くと、曖昧な顔で笑って、首を振った。
涼太はつまらなさそうに口を尖らせたが、直ぐににやりと笑った。
涼太と茂樹の席は向かい合わせになっており、博巳の席はその横にくっついている形だった。なので涼太は足を自分の机の下を通過させ、茂樹の机の下に伸ばし、二回り以上大きな上靴へとぶつけた。
初めは軽く、そして徐々に強く足を蹴る。
「何だよ!」
とうとう我慢できずに茂樹が顔を上げると、目に飛び込んできた物を見て、噴出した。
「お前っ何だよその顔!」
ゲラゲラと笑って、茂樹は涼太の顔を指差した。涼太は顔に引っかけていた指を外して、にぃっと笑う。
「俺、顔柔らかいんだ」
そう言って頬を引っ張ると、茂樹も同じ様に自分の頬に触れてみる。博巳も自分の頬に触れてから、涼太の頬に触れた。
「あ、本当だ。伸びるね」
「うちのばあちゃんは引っ張り過ぎると伸びるからって、すんなって言ったから、あんましてなかったけどな。博巳もそこそこ伸びる」
手を伸ばして博巳の頬を抓ると、「痛い」と笑いながら抗議の声が上げて、ケタケタと笑い合う。すると机の向こう側から長い手が伸びてきた。
茂樹は涼太の頬を摘んでぐいっと引っ張る。引っ張られるまま茂樹の方を向くと、茂樹はまた噴出した。
「変な顔」
そう言って、可笑しそうに笑う。涼太は嬉しそうに目を細め、今度は茂樹の頬を引っ張った。
「ひぇんな顔」
「お前の方がひぇんだ」
茂樹が言い返す。涼太は目だけで博巳を見て、「ねえ、どっちがひぇんな顔?」と、尋ねる。博巳は涼太の結膜の露出した眼と横に伸びた顔を見て、噴出した。
今度は茂樹も怒り出す事はなかった。三人でケタケタ笑い合い、漸く何時も通りの賑やかな給食の時間が始まった。