☆五月
□五月六日(木)
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大会議室に集められた生徒達の中、雨谷涼太は冷たい床に腰を下ろしていた。そして打ち合わせをする六年生達を見つめる。
暫くすると外場小学校指定のジャージを着て、頭に赤い鉢巻きを巻いた生徒達が一斉に前に並んだ。
一人の生徒が前に出ると、名前と今回、赤組団長を務める事を言った。
「知っての通り、赤組はここ四年、連続で白組に負けているハズレのチームと言われています。しかし今年の赤組は違います」
そして団長は集められた生徒を見渡し、力強く拳を掲げる。
「俺達は今までの赤組とは違う!絶対に白組に勝つぞ!えいえい…」
「「おー!!」」
涼太は皆と一緒に右手を天井に突き上げ、大声で叫び。赤組の大号令は学校中に響いた。
二年生の教室に戻ると白組に割り当てられた生徒達は既に戻っていた。
「ただいまー」
博巳は自分の席に着いたが、涼太は不貞腐れた顔をした茂樹のすぐ後ろの窓に寄りかかった。
「何で俺だけ白組なんだよ?」
「あはは、最初白組になって喜んでた癖に」
「お前らが赤組なんて思わなかったんだよ」
そう言って茂樹は頬杖をついて、窓の外を見る。博巳は茂樹の方を向いて、困った様に笑った。
「仕方ないよ。茂樹と涼太はとても運動神経がいいから、一緒のチームには出来ないんだよ」
茂樹はそれを聞いて、じとっとした目で博巳を見て口を開いた。
「じゃあ博巳。あいつと交換しろよ」
指の先には何やら女子同士で盛り上がりを見せる清水真奈美の姿があった。今回は茂樹と同じ白組に割り当てられた様だった。彼女の普段は真っ直ぐな髪は、今日は緩くパーマをかけている。
「絶対ダメっ。今回は諦めろ」
苦笑する博巳に代わって、涼太がきっぱりと断る。
「…あーもー、ついてねぇな」
茂樹はすっかり項垂れて額を机にくっつけた。
放課後、リレーの選手に選ばれた涼太は居残る事になった。無駄に広い校庭のプール側が白組、正門側が赤組だった。
掃除を終わらせ、体育着に着替えると直ぐに校庭に向かった為、涼太が着いた時は誰もいなかった。ただ待ってるのも暇だなと思っていると、遠くから見知った少女が向かってくるのが見えた。
「げ…」
いつもと同じポニーテールに結った智香は涼太を見ると、嫌そうに顔を歪めた。
「あんた、こんな所で何してるの?」
「リレーの選手に選ばれたから。智香もそうだろ?」
「そうだけど…どうしてあんたなの?本当に足早いの?」
嫌悪剥き出しの態度と疑いの眼差しに涼太は額に青筋を浮かべる。
「あのな。その喧嘩腰の口調どうにかならねぇか?」
「私の喋り方の何処が喧嘩腰って言うの?」
そう言って、身長の高い智香は涼太を見下ろす。
「おーい。お前ら、リレーの選抜?紅組だよな?」
駆け足で向かってきたのは上級生の少年だった。そして向かい合う涼太と智香の顔を見て、感心した様に頷いた。
「一番乗りのつもりだったけど、流石に授業少ない低学年には負けるか」
そして智香を見て、少年は苦笑いをする。
「今年の二年は女子か。白組は茂樹だから大変だと思うけど、頑張れよ」
「俺が二年っ!」「私は一年生です!」
むっとして涼太と智香が同時に言う。
生徒は一度目を大きく開いたが、すぐに可笑しそうに目を細める。
「ごめんごめん。どっちも見た事ないからそう思ったんだ。二年なら、お前は尾崎の息子?」
「うん、雨谷涼太。お前は?」
「田中昭。六年生でアンカーだよ。で、そっちは?」
「村迫智香」
昭は「米屋の」と言って頷いてから、涼太をじっと見て尋ねた。
「俺、去年は茂樹と同じ組だったんだ。あいつ一年生にしたらデカいし、速かった」
「茂樹は今も速いぜっ」
友人を褒められ、涼太は気分良く同意した。
「そう。じゃあ涼太とどっちが速い?」
「俺」
涼太は笑みを浮かべたまま即答した。
「自信家だな」
「だって茂樹は超速いけど、俺の方が速ぇもん」
「ははっすげぇ心強い!」
昭は嬉しそうに小さくガッツポーズをし、その場にしゃがんで校庭の真ん中を指をさした。涼太も智香も倣ってしゃがみ、指の先を見る。そこには木製の朝礼台がある。
「あそこがリレーのスタート地点だ。最初は六年生が一周する」
朝礼台をさした指は反時計回りに動いて、また朝礼台をさした。
「そして一年生が半周して、二年生も半周。三年生からは皆一周走って、最後に六年生がまた一周して、ゴールだ」
「何で六年は二周もすんだ?」
涼太は不満げに言う。
「当り前でしょ。六年生の方が大きいから体力もあるからよ」
「そうだな。それもあるけど六年が主役だからだよ」
「ふぅん。主役かぁ、何かカッコいいな。俺も六年になったら二周走る!」
目を輝かせてそう言うと、「その時は俺も応援に来る」と昭は笑った。
「でもまずは涼太が六年生になった時もリレーに選ばれるようにも、早速練習を開始するか」
昭が伸びをしながら立ち上がると、涼太はうきうきとした様子で頷いた。
「まだ他の人達来てませんよ」
「バトン練習くらいはできるだろ?ほら、丁度、六年、一年、二年が揃ってるんだし」
「そうだぞ、智香。リレーはバトンパスが一番重要なんだ。パスに手間取ったり、落としたりした時の時間のロスは大きいんだぜ?」
「練習したくないとは言ってない」と、智香はじろりと涼太を睨む。
昭に気の毒そうな視線を送られた涼太はこっそり肩を竦める。
「昭君、赤組ー?」
「なに?もう練習してたの?」
遠くからリレー選手とみられる他学年の生徒達がのんびりとやって来た。昭はそんな生徒達に大きく手を振って、急かした。
その後、練習は滞りなく行われ、終わる頃にはすっかり体育着は汗でぐっしょり濡れていた。
「…だからそんなに汚れているのですね?」
「うんっ。あとね、明後日も運動会の練習で体育着使うんだ」
一日で汚した体育着を持ってきた涼太に対して孝江は冷やかな視線を向ける。そんな視線も気にせずに、涼太は無邪気に笑って胸を張る。
「二年生は三番目に走るんだって!あとね、運動会は雨降んなきゃ、五月二十二日の土曜日だって。敏夫さんはお仕事だけど、孝江さんは来るんだろ?」
「!何で私がそんな所に行かなくてはいけないんですっ」
不愉快そうに歪められた顔なんて気にせず、涼太は孝江の夫と息子によく似た目でじぃっと見上げる。
「だって、孝江さんに俺のカッコいいとこ見せたいじゃん」
涼太は素直にそう言うと、孝江は言葉を失い、目を丸くした。
「…私だって色々用事があるんです」
「えー?じゃあ俺のお弁当は?」
涼太は頬を膨らませ、不満げに言った。
「じゃあ俺が作ってやるよ」
洗面所に現れた敏夫はそう言って、シャツを脱衣籠に投げた。
「敏夫さん、来れるの?」
「行けるさ。二十二日だろ?」
目を丸くして見上げる涼太の頭を敏夫はくしゃっと撫でる。
「患者やスタッフから前もって聞いてたから、病院は休みにする事にしていたんだ」
「おお!マジか!じゃあ保護者が走るのも出んのか?」
「まあ、一応な?」
頭を撫でていた手を引っこめると、敏夫は苦笑しながら答える。
「やった!博巳の父ちゃんも茂樹の父ちゃんも出るって言ってたんだ!」
「そうか」
「でねっ、保護者の順位も赤組とか白組に関係あるからな!」
「はいはい、頑張るよ」
孝江はそれを見て眉を寄せ、「大丈夫なんですか?」と尋ねてきた。
「貴方が怪我でもしたら」
「分かってるよ」
敏夫は溜息を吐きながら言って、肩を竦めた。