短編夢小説(屍鬼)

□私の同級生
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 創立百年を超える、外場村立小中学校には怪談があった。プールの端から四番目の人食いロッカーやお昼の放送中に聞こえるノイズは放送室で自殺した生徒が首を吊った時のロープが軋む音といった何処の学校にもある様な話だった。

 そして昔ピアニストを目指していた女生徒が将来が決まるコンクールの前に不慮の事故で死んでしまった。女生徒は自分が死んでいる事にも気付かず、コンクールの時期になると、音楽室では女生徒がピアノの練習をしているという。

「そのコンクールの時期ってのが、丁度、今頃。合唱コンクールの時期なんだってさ」

「ピアニスト目指す様な奴がうちの学校にいるかよ!」

 そう言って、話していた男子生徒達がどっと笑い声をあげた。

「ちょっと男子!」

 教卓の前に立つ、クラスのリーダー格の女子が叫んだ。

「今、その合唱コンクールの練習中なんですけど?」

 指揮棒で指して凄むが、男子は顔を見合わせてにやける。その不真面目な態度にますます目じりを吊りあげる。

「いいじゃん、一曲は毎年歌ってる歌だし。もう一曲だけやれば」

「上手ければそうでもいいかもしれないけど、そうじゃないでしょ?それに三年生は他の学年より人数が少ないでしょ」

「でもよぉ」

 全くやる気のなさそうな態度の男子生徒達を尻目に、ピアノに座る美帆は小さく溜息をついた。

 合唱コンクールは十日後、人学年一クラスの分小規模なものだが、娯楽の少ないこの村では大勢の親戚が押し掛ける事もしばしばある。なので下手な事は出来ないと教師も生徒も力を入れるのだが、三年生は以前より進学率が上がり、受験勉強の為に練習に参加しない者が多い。結果、毎年不出来なものになる。

 一年生の時はあんなに張り切っていた恵も、今年はだるいと言って、殆ど直ぐに帰ってしまう。

 放課後、クラスで練習をする予定だったが、結局数人しか参加できないようだったので、今回の練習は見送りになった。

 美帆は職員室で借りた鍵を音楽室のドアの鍵穴に突っ込んだ。右に回すとガチャリと音を立てて、鍵が開く。

 無人の音楽室を進む、ピアノの前の椅子に座ると鞄から楽譜を取り出した。赤ペンの入った楽譜を確認し、美帆は白く細い指を鍵盤の上に置いた。

 譜面は全て暗記しているが、時折楽譜に目を戻し、注意点を確認する。毎日練習しているおかげかピアノはかなり上達した。しかし、合唱コンクールはピアノだけ巧くても全く意味がないのだ。

 がたっと立て付けの悪いドアが開いた。

 美帆は思わず演奏を止めて、音のした方向を見ると、誰かが立っているのに気が付いた。ピアノの上に置いていた眼鏡に手を伸ばし誰か分かると、ほっとして胸を撫で下ろす。

 その人物はクラスメイトで恵の現在の想い人、結城夏野であった。

「どうしたの?」

「ちょっと忘れ物」

 夏野は彼の座っていた机の中を覗き、それから肩を落とした。

「なかった?」

「ああ」

「なら、職員室だよ」

 夏野は顔をあげて、美帆を見る。

「音楽室は掃除中、原則机の忘れ物をチェックして、職員室に持ってくの。今日は真面目な人達が掃除したんだね」

 音楽室掃除は確か二年生の担当だったので、もしかしたら担当はかおりの班だったのかしらと、美帆はふふっと笑った。

 夏野は「ありがと」と言って、ドアの方へとまた戻っていく。そのままドアに手をかけたが、夏野は振り返って、美帆を見た。

 美帆が小さく首を傾げる。

「雨谷は毎日練習してるのか?」

 名字を知られているのかと驚きつつ、「うん、合唱コンクール近いし」と答える。

「一年生にも二年生にも負けられないから」

「点数をつけるのか?」

 不審そうに問われ、美帆はゆっくりと首を振る。

「そういうのはないけど、聞いてれば、どの学年が上手いなんてすぐ分かるでしょ。来年は皆別々な道を歩むんだから、最後の大きい行事だし、皆で頑張ったっていう思い出が欲しいんだ」

 そして美帆は溜息を吐く。恐らくこんな事を思っているのは自分だけだと考え、途端美帆は無意味な事をしている様に思えた。

「それ、クラスの奴に言ったのか?」

「言えないよ。皆忙しいし。もしかしたら家で自主練してるかもしれないし」

「でも言わなきゃ、雨谷がどんな想いで練習しているか分からないじゃないか」

 夏野の言葉の響きが、思いの外優しかったので、美帆は少し驚いた。そして同情してくれたのかと思い、苦笑いをする。

「そうなんだけどね…何か、変な事言ってごめんね」

「いや…」

 夏野は眼を伏せ、ドアに手をかける。

「まだ練習するのか?」

「うん、家で弾いたら近所迷惑になるから。電灯少ないし、薄暗いから気を付けてね」

「雨谷もな」

「うん、ありがとう」

 夏野が音楽室から出ていくと、美帆は先程弾いていた所を楽譜で確認する。しかし最初のページを確認し、また頭から弾き始めた。

 木造の薄い扉を越して、美帆の奏でる音は学校中に響いて、後者の外に出るまで夏野の耳に届いた。

 翌日、指揮者の女子生徒が「今日放課後残れる人!」と召集の合図をした。何時ものメンバーが数人だけが集まり、女子生徒は頭を抱える。

「恵は?」

「私もパス。それよりさ、美帆は最近ずっと放課後残ってるんだから、たまには帰ったら?」

 雑誌で特集されていた海外のキャラクターが沢山ついた鞄を背負い、恵が面倒そうに言った。

「ううん、練習してくよ」

「ほんと、頑張るわねぇ」

「だって、皆で頑張るなんて、これで最後なんだよ?」

 瞬間、教室がしんと静まり返った。

「私は此処で手を抜いて後悔したくないもん」

 途端、教室の扉が開いて、ゴミ捨てに行っていた夏野が戻ってきた。指定の場所にゴミ箱を置くと、夏野は大股で指揮者の女子生徒に歩み寄る。

 女子生徒は顔を真っ赤にさせて、「なに?」と裏返った声で聞いた。

「放課後の練習」

「え?」

「合唱コンクールの練習、今日もすんの?」

 女子生徒は目をぱちぱち瞬かせ、「参加してくれるの?」と尋ねた。

「もう十日もないんだろ?」

 すると、他の生徒も顔を見合わせ、次々に参加を表明した。美帆が目を丸くして夏野を見ていると、恵がわざとらしく大きな溜息を吐く。

「仕方ないわね。結城君がやるなら、私もやるわ」

 そう小さな声で、恵は美帆にだけそう言った。

「…ありがとう」

「だからっ結城君がやるからだってっ」

 その後、放課後は毎日練習が重ねられ、その年三年生の合唱後、盛大な拍手が送られた。

 夏野が参加してくれた事をきっかけでクラスメイトがやる気を出したと思っているが、結局美帆はお礼を言いそびれてしまった。進学する高校が同じらしい。何時かお礼を言いたいなと思い、美帆は合唱コンクール後にとった笑顔で写るクラスの集合写真を見て、微笑んだ。

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