SSS

□温もりが愛しい
1ページ/2ページ

夜気が辺りを覆っている。
深夜のエリダナ市。名前すら知らない小さな公園のベンチで、イェスパーは酔い潰れて眠ってしまったガユスの身体を支えてやった。
ぐったりと力の抜けた華奢な肢体が無防備に寄りかかってくる。少し緩んだ口元から、しどけなく覗く桃色の舌先。すぅすぅとかすかに漏れる寝息は規則正しく、彼が熟睡しきっていることを明示していた。
今なら。
こんなにも無防備な彼の状態ならば、何をされても分からないのではないか?
先ほどより武人にあるまじき思考が脳内を明滅している。
想いは一方通行の片道切符。しかも自分と愛しい者との距離は半端なものでなくて。
考えるのも嫌だが、たとえ彼の身に万一のことがあっても駆けつけることさえ儘ならぬこの身が辛いのだ。
「おまえが猊下の元へ来れば……全て解決するというのにな」
言うだけ無駄な話と分かっている。
ガユス・レヴィナ・ソレルという男の頑ななことといったら、それは差し詰め巌の如し。妥協も歩み寄りも無く、ただ拒み続けるその姿勢がガユスという存在なのだ。
こうして手の内に捉えていても、いつまた飛び出してゆくやも知れぬ。これは飼い馴らされた生き物にあらず。野性の、荒野に生き抜くものだ。
己の方に凭れかかってくる身体の温もりを愛しく感じながら、そっと起こさないように細い肢体を抱きしめると、なにやらウニャウニャ不明瞭な寝言を呟いているのが可愛らしい。こんなにも無防備に眠っているということは、自分は彼に信用されていると判断してもいいのか。
イェスパーはしかし、否と己を戒めた。
自分に都合のいい方向にばかり物事が進むわけはない。過信は禁物というものであろう。
もう少しだけ、と自分の方に凭れ掛からせながら、そっと、閉ざされたままの瞼に口付けを落してみる。
羽根より軽い、触れるだけの接吻。
腕の中の野良猫は目覚めない。安定した寝息は彼が熟睡しきっていることを示している。
仮にも攻性咒式士なのだ。本来ならば、とうに飛び起きていてもおかしくはない。おそらく過度に摂取した酒精の影響だろう、この無防備さは。
……思わず酒の神に感謝の祈りなぞ捧げたくなるイェスパーであった。普段の青年の用心深さを知っているから尚、そのありがたみが増すというものだ。

温もりが、愛しかった。
ずっとこのまま抱きしめていたい。
そう…世界が滅んでしまうまで。

いっそ夜明けなど訪れねばよいものを――
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ