君と僕との物語

□第十八話
1ページ/1ページ

朝、いつも通り平助が迎えに来て。
今日は一緒に帰れない、って俺に告げた。

平助にだって用事くらいあるだろうし。
今日は久しぶりに一人で帰宅だなぁ、なんて思いつつ。
わかった、とだけ言って、曇り空の下、学校へ向かい歩き出す。


「ごめんね。里沙と約束しちゃったんだ」


里沙、という名前を聞いて。
無意識のうちに身体が反応する。
平助を見たまま、足が止まる。


「新八っつぁん?」
「…あ、何でもない!遅刻しちゃうから、早く行こ」


別に、驚くことじゃない。
里沙ちゃんと平助が一緒にいたって、何も変じゃない。
なのにどうして。
どうして里沙ちゃんと平助に、二人で会ってほしくないんだろう…。

そう思ってる俺は、どうして。
放課後に平助を見つけてしまうんでしょうか。
不運な時は続けてくるんでしょうか。

里沙ちゃんと平助が、店の中で仲良さげに話してる姿。

見ていたくなくて、目を逸らす。


「なんで見つけちゃうかなぁ…」


なんで見つけたくなかったんだろう。
それも今の俺には、わからない。
わからないことだらけで
なんだか疲れて、ため息をゆっくりと吐き出す。

そのまま歩き出そうとしたら
後ろから、知らないやつに声をかけられた。


「お前、男か?」


そう言って上から下までじろじろと見られる。
ろくでもないやつとは関わらない方がいい。

さっさと帰ろうかと思ったけど、腕を掴まれて前へ進めなくなった。


「ッ…放せ!」
「うわ、細ぇー女みてえ!」


“女犯してるみてェ”

嫌な記憶。
消し去りたい記憶。

“永倉痛くたって俺らにゃ関係ねーし”

あの時の笑い声が
欲に満ちた表情が

頭の中に、広がっていく。


「…や、嫌!放して…っ」
「なんだよ、まだ何もしてないだろ?」


こいつも、嫌な笑い方をする。
あいつらと同じ。
俺を見定めるように視線を這わせて。

人気のない路地裏へ
腕をひいて歩かされる。

嫌な記憶が頭から離れてくれなくて
怖くて、うまく力が入らない。


「やだっ!やめて…ッ」
「離れろ」


後ろから、もう随分と聞き慣れた声。

ここにいるはずのないその人の。
先輩たちに襲われかけた時も助けてくれたあいつの。


「誰だお前」
「離れろって言ってんの。聞こえない?」


平助の気迫に、男が怯む。
でも自分の力量がわかってなかったのか。
平助に向かって殴りかかっていく。

当然のように、平助はそれをかわして男の背中を押す。
地面に崩れた男は、勝てないとわかってかすぐに逃げ出していった。


「ぱっつぁん、平気?けがとかしてない?」
「…んで…」
「え?」
「なんで、いるの?里沙ちゃんは…」
「里沙?もう帰ったよ」


ぱっつぁん見えたから一人で帰しちゃった、なんて言葉
聞かせないでほしかった。

また、知らない感情が溢れてくるから。


「…ぱっつぁん?」


嬉しかったのに、ありがとうが言えない。

里沙ちゃんを一人で帰して
俺の方に走ってきてくれたのに。


「…泣きそうな顔、してる…」


手をのばし、頬に触れられそうになる。
思わず、身体がビクリと反応する。
途端に、平助の顔が傷ついたように歪む。

また、傷つけた。
優しい平助を、傷つけていいはずがないのに。

俺に触れようとした手が
ゆっくり、おろされて。


「…ごめん…ッ」


なんとかその言葉だけを紡いで
きびすを返して、家に向かって走り出す。


「新八っつぁん!」


後ろから、平助の俺を呼ぶ声がする。

助けてくれてありがとう
傷つけてごめんなさい


家についてから降り出した雨が
自分の涙みたいで

見ていたくなくて

布団の中でうずくまりながら
降り続く雨の音を聞かないように
ずっと、耳を塞いで

何度も何度も
平助の傷ついた顔を思い出していた。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ