冊子

□最高記録
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大量の書簡を抱えて、昌浩はひんやりとした渡殿を歩いて行く。

昌浩の足元には、いつものように物の怪が歩いていて、首回りの紅い突起が、太陽の光を受けて煌めいていた。

「中務と陰陽寮を行ったり来たり…いやぁ、大変だねぇ」
「仕方ないよ。俺まだ雑用係だし」

平然と答える昌浩に、物の怪は面白く無さそうに眉間に皺を寄せる。

昌浩の実力は、はっきり云って陰陽寮の中で随一だ。

その実力を知っている物の怪は、昌浩が雑用ばかりしているのが、かなり気に入らない。

仮にも安倍の一族で、吉昌の子供で、あの稀代の陰陽師、安倍晴明の孫だぞ?

もうちょっと、陰陽師らしい仕事を与えて貰っても良いんじゃないか?

当の本人は、全く持って気にしていないようだが…。

「はぁ…先が思い遣られるねぇ、晴明の孫や」
「孫言うなっ!」

昌浩は反射的に足を止めて、物の怪にがなる。

がなった後で、此処が何処であるのかを思い出した。

自分は今出仕中で、此処は陰陽寮を出たすぐの渡殿なのだ。

「昌浩殿」

後方から声をかけられ、昌浩は文字通り飛び上がる。

ギシギシとなる首を動かしながら、昌浩はゆっくりと振り返った。

昌浩の隣に居た物の怪は、眉間の皺を更に深め、不機嫌丸出しの体で昌浩の後ろに立つ人物を見上げる。

「どうかしたのか、昌浩殿。急に大声を出すなんて」
「あ、いえ…」
「君の他に、誰も居ないようだが?」

昌浩の後ろや隣を見てから、怪訝そうに昌浩の顔を見た。

昌浩は引き攣った笑みを浮かべて、どうしようかと内心焦る。

「いえ、あの…すみません。何でもないです」
「昌浩に話しかけてたのは、俺だ。んで、昌浩は俺に怒鳴ってたんだ…おぉい、聞こえてるか?敏次」

ニヤリと笑みを浮かべて、話しかける物の怪の声は、当たり前の事ながら敏次には届かない。



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