草紙

□握った手
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「……」

夜の帳の降りた室内で、彰子は眠る前に小さく言の葉を紡ぐ。

闇の中に溶け込んで消えたその言の葉は、静かに彰子を眠りの世界へと誘った。



―――――――――――...。



いつの間に眠っていたのかしら?

頬を撫でる風に気付いて目を開けると、広いだけの空間に横たわっている。

上体を起こして辺りを見ると、藍色の空が頭上にある。

藍色の空には無数の星が瞬き、細い月が浮かんでいた。

「夢を、見ているのね」

見慣れた天井ではなく、星空が頭上にある事を認めて、ほっと息を吐いた。

そして、再び辺りを見回す。

広いだけの空間。

頭上に輝く星空がある以外、何もない場所。

「淋しいところ」

さらりと衣擦れの音を立てて歩き出すと、目の前に自分の姿が映る。

首を傾げると、肩口から漆黒の髪が流れ落ちた。

スッと手を動かすと、目の前の自分も同じように手を動かす。

「鏡?……!」

伸ばした手が近付き、二本の手がそっと触れた瞬間、鏡の中から伸びた手が、片方の手を握る。

息を飲み驚く少女の前で、鏡の中の少女は笑みを浮かべ、口を動かした。

「章子様」
「…あ、きこ…様?」

章子の言葉に頷くと、彰子は章子の手を少しだけ強く握った。







目を開けると、星空が視界一杯に広がっている。

風が頬を髪を撫でていき、気持ちが良い。

彰子は横になっていた体を起こすと、辺りを確認する。

「章子様に、会えるかしら」

たった一度、異界で顔を合わせただけの異母姉妹。

自分にそっくりで、入内出来なくなった自分の代わりに、内裏へと入った少女。

言葉を交わす機会もなく、恐らく一生会う事はない少女と話がしたくて、彰子は以前晴明に教わった禁厭を唱えた。

でも、うまくいくとは限らない。

何もない場所を少し歩くと、目の前に自分の姿が映る。

首を傾げると、肩口から漆黒の髪が流れ落ちた。



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