草紙
□陰陽師
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『――あなたを守ると約束した、陰陽師』
明け方に初めて出会った少年。
その少年の言葉が、どれ程自分を救ってくれたか、支えてくれたか、貴方は知らないでしょう。
東の空が少しずつ明るくなるように、貴方の言葉がわたくしの心を明るく照らしてくれた。
この瞳に映る全ての物に、貴方が色彩を与えてくれたのです。
だからわたくしは、貴方に逢いたいと強く願いました。
『…明け方に』
『病が篤いと伺っておりますのに、早々と目を覚まされているのですね。何か、御覧になりましたか』
周りにいる女房達に分からないよう、言葉を選ぶ貴方にわたくしは一言『陰陽師』とだけ答える。
わたくしの言葉を聞いた貴方は、目を細めると静かな声をかけてくれた。
『はい。――陰陽師は、帝を、ひいては…土御門の姫を、お守りする所存にございます』
かたりと落ちた扇の音が、やけに大きく響いた。
土御門の姫。
それが、彰子ではなく、章子…わたくしをさす言葉である事に、気付いた。
知っている。
貴方がわたくしを知ってくれている。
中宮でも彰子でもない、心の奥底に封じ込めたわたくしを知ってくれている。
知った上で、貴方はわたくしを助けてくれた。
『御安心なされませ。……約束を違えることは、決してないのだと、申し上げます』
ポタリと涙が頬を伝う。
堪えきれずに顔を覆うと、涙が止まらなくなった。張り詰めていた糸がぷつりと切れる。
女房達の前で、真実を、心にある思いを告げる事は出来ない。それが悲しくて、涙が溢れる。
だが、それ以上に…わたくしをわたくしと知って助けてくれた事が嬉しかった。
章子を知る貴方が居てくれる。その事が嬉しくて、胸を暖かくしてくれた。
だからその時、わたくしは考えられなかった。
貴方が、誰と約束したのかを……。
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