□ハッピーバレンタイン
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「バン、朝よ、起きなさい!」
朝、母親の言葉でバンは文字通り飛び起きた。慌てて着替えて鞄とLBXを引っつかむ。
「おはよう、母さん!」
「もう、遅刻するわよ」
すでに用意されている朝ごはんを一緒にとってからバンはちらりと時計を確認した。もう出なければ間に合いそうにない。
すぐに朝食を飲み込み、上着のファスナーを上まで上げてオーディーンを入れた鞄を肩にかけた。玄関で靴を履いて見送りに来た母親を振り返る。ここまではいつも通りだ。
「それじゃぁ」
「あ、待ってバン」
「なに?」
「これ、みんなで食べなさい」
渡されたのは赤い箱。玄関にあるカレンダーを見てすぐに合点が行った。
「今日、バレンタインなんだ」
「そうよ。忘れてたでしょ」
「だ、だって、俺が貰うのって母さんとアミくらいで…」
「はいはい、早く行かないと遅刻するわよ」
「あ!い、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
一人分にしては大きな箱を鞄に入れて家を飛び出す。母親はくすくすと笑っていた。

バンは知っている。毎年バレンタインで母がチョコレートをいっぱい作るのには理由があるのだ。バン一人分だけでなく、父親の分も合わせた量を作ってしまう。いつもいつも作り終わってから少しだけ哀しそうな顔をするのをバンは知っている。でもきっと気付かないで欲しいと思うから、だからバンも知らないふりをする。
(…父さんのバカ。バレンタインとか、誕生日くらい家にいてくれても良いじゃないか)
昔は父が死んだと思っていたけれど、生きていると知った今バンはそう思わずにはいられないのだ。しかし父の現状を思い直して反省した。
(ごめん、やっぱ今のなし。父さんは悪くないもん。オーディーン、謝っといてよ)
どだいな無理な話しである。

「おはよう、バン」
「アミ!カズ!」
校門に着くとアミとカズが立っていた。わざわざバンを待っていたのだろう。アミがいつもは持っていない紙袋を探る。
「はい、チョコレート」
ラッピングされた箱を渡されるとバンは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、アミ」
「おい、アミ。俺のとずいぶん違う…」
「カズは友チョコだもの」
どういう意味だよ。とカズは言わなかった。恐い。
「毎年ありがとうな、アミ」
「良いのよ、三倍返しでよろしくね?」
「まかせて!」
すぐに頷くあたりが男前だとアミは思う。ここがバンと他の男の違いだ。
「あ、これ母さんから」
「おう、サンキューな」
「ありがとう」
今年は財布の中身にも余裕がある。せっかくだからホワイトデーのお返しは母親も含めて奮発しよう。とバンは心に決めた。
「あ、バン」
「なに?」
アミが突然紙袋を押し付けて来た。可愛らしく笑う。
「…なにこれ?」
「ふふふ…」
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