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□いつも遠いひと
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孫がいたらこのくらいだろうか。縁側で隣に座る彼女をちらりと横目に見て、ふと思った。
小さなその子が幾つかは、知らない。ただ、昔、ずっと昔、愛し合った人ということだけは覚えている。
舌足らずな声が、前の世の名前を呼んだ。もうその名ではないと苦笑いがちに言うと、彼女は今の名前は知らないと口を尖らせた。
同じ話し方で、同じ声で。違うのは容姿と名前だけで。ずるいと彼女は呟いた。そんな彼女の声も、少し幼いが同じものだ。
そんな若い彼女と自分は違う。既に前の世より長く生きているし、きっともうすぐ、死ぬんだろう。
歳の差かっぷるなんて言葉はよく聞く。それでも、こんなに離れていてはどうしようもない。
「また私を置いて死ぬんだ。」
舌足らずな声に、少しだけ嗚咽が混ざる。泣かせた。
そろそろと手がのびて、背中をさすると彼女の手が服を掴んだ。昔と何ら変わらない。泣くときは決まって服を掴んだものだ。
「あいすまぬな。」
前の世でも死ぬ前にこうやって謝った気がする。全くもって、成長しない。
大きな眼からぼろぼろと涙がこぼれ落ちるのが見えた。俯きがちで見にくい。
最早細くなった指でそれを拭った。乾いた指が潤った。
しわだらけの大きなその手が、柔らかい小さな手に掴まれた。それと同時にぱっと顔を上げた彼女は、前の世と同じ。
自分には勿体無いほどの綺麗な顔。それが涙に、まみれて。
「待ってて、行かないで、わたしがおっきく、なるまで、」
舌足らずに嗚咽で聞き取りづらくなった声。辛うじて聞こえたそれは、随分と無理を言う。
「ぬしが大きくなる頃には、われはもうここにはおらぬ。」
小さく彼女の前の世の名を呼んでやると、綺麗な顔をしわくちゃにしてぼろぼろと隠さずに泣き始めた。
そんなのやだと、どうしたらいいのと。一緒になりたい、と。
それでも歳は変えられないし、どうしようもない。そっと額に口付けてみたり、ふわりと抱き締めてやったりしてみるものの、彼女は泣き止まない。
彼女のこととなると必死になってしまうところも変わっていない。年甲斐もなく慌てる。
また謝ってみると怒られた。どうすればいいのやら、検討もつかない。
ほぼ賭けと言っていいほどの心情で口付けた。彼女の小さな手が、頬に触れた。
そっと離れるとごしごしと目を擦り始めた。まだ小さく、嗚咽が響く。
頭を撫でてやりながらそれを見詰める。こんなことが、前にもあった気がする。
また、それも死ぬ前だった気がする。
涙が止まったらしい。目を擦る手が止まった。
そっと頭から手を頬にずらした。
「それでも死ぬまで通ってやる。」
まるで呪詛を言うような顔で放たれたそれはなんと可愛らしいものか。
恥ずかしげに顔を赤くした彼女は立ち上がって走っていった。
また来るからと言い残して。
その後ろ姿に自嘲ぎみの笑みが漏れた。
いつも遠いひと
(吉継のばか)
(好いておるのは何もぬしだけではないわ。)
われもわかっているだけで、本当は、ぬしと。
なんて、言えたらなァ。
2013/06/03