お題作品

□目を背ける
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いつからだ…。目があいつを追うようになったのは…。
殿様は信じられねえと今でも思っているが、あのオッサンは違った。何がと言われるとはっきりとは言い難いが、
どんな奴でも受け入れちまう懐の深さや、デタラメなようでいて、緻密に計算された思考など、全くもって今までに出会った殿様とは違う。多分そこに惹かれた。
今日は珍しく六郎さんがいなくて、俺に声がかかった。供についていく。
「おぬしだと気をつかわなくて良いのう。」などと暢気に町を見回り、行く先々で人々に声をかける。アナが言ってたよな、不思議な魅力があると。そんなことをぼんやりと思っていると、不意にオッサンと目が合った。どぎまぎして不自然に目をそらしてしまった。変に思われてないか気にしながらオッサンの顔をそっと見やった。
すると、オッサンが俺を手招きしていた。何だと思いながら近づくと、「良い物をやろう。」と言って俺の手に小刀を握らせた。よく見るとなかなかの業物で、六銭文が刻まれていた。俺が口を開こうとするより先に「何、別にどうということはない。ただ、おぬしに持っていて欲しいと思っただけだ。これをわしと思って大事にしてくれよ。」と言い、口を耳元に近づけて「このことは内緒だぞ。特に六郎にはな。二人だけの秘密だ。」と囁き、悪戯っ子のようにニヤリと笑った。ただでさえ耳元で囁かれて、焦っているのに、オッサンと隠し事を共有するなんてなんだか特別扱いされているようで、変に期待してしまう。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、「さて、帰るとするか!」とひときわ大きな声を出してさっさと城下町を跡にする。
全く、オッサンあんたは喰えねえな…。
間違ってもお慕い申し上げておりますなんて思ってても言ってやらねえと、自分の気持ちに目を背ける。

 

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