story1
□HAPPY BIRTHDAY
1ページ/2ページ
バターの甘い香が漂う横浜の有名な洋菓子店に、エナメルバックにノースリーブの練習着という、いかにも部活の遠征帰りといった男子高生が立ち寄った。
入店してから少し視線を四方にさ迷わせた。どうやら初めて訪れた様子である。
彼が入店すると、シャランと上品なベルの音が響く。イートインできるので、テラス席でお茶していた女性客やショーケースのケーキを選んでいた女性客は思わず彼を品定めするように見た。高身長で、黒髪の品行方正そうなスポーツマン、そして意思の強そうな瞳。何より整った顔は少し鋭い雰囲気こそあるが、文句なしのイケメンであった。
九割近くは女性客であり、明らかに浮いた存在感の彼は、宝石のようにケーキが並べられたショーケースをその瞳に映し、じっくり何かを吟味していた。
彼はなまえの好きなケーキというものを思い出していたのだが、記憶をたどる限り、なまえは何でもおいしそうに食べていた。…なるほど、困った。
今日はなまえにとって、一年に一度の特別な日だったので、一般的なカットサイズよりは大きなケーキを買うことは決めていたのだが、いざ様々なケーキを目の前にすると、かえって漠然としてしまい、それが彼を悩ませた。
そして、直径15センチ程のホールケーキの前で立ち止まる。赤と白のコントラストが正統派なショートケーキと、彩り豊かなフルーツタルトを見つけた。彼は直感的にこの二択しかないと思った。
そして、どちらがなまえらしいかを考える。ふとなまえを思い出した時に、いつも表情豊かななまえにはこのタルトの方が相応しいと思った。
なまえのことを考えながら、何かを選ぶということは不思議な感覚だった。そのタルトを指して、彼は店員へ声をかける。
「あの…コレください」
「はい、夏限定トロピカルフルーツタルトでよろしいでしょうか」
よくそんなケーキの名前を舌を噛まずに言えるな。と彼は胸の内で思いつつ、にこりともしない顔で首を縦に振り、こっくりと返事した。
「よろしかったら、お名前いれますか」
「え?なんすか、それ?」
ケーキを買ったことがないのだろうか。咄嗟に部活敬語になった彼は聞き慣れない言葉へ戸惑ったような表情である。
「ホワイトチョコレートのプレートにチョコペンでお名前やメッセージを書くんですよ。無料で行えますが、どうしますか」
彼は納得した表情で、眉を僅かに上げると、落ち着いた声で「お願いします」と言った。
「では、書くお名前を教えてください」
「なまえ、で」
「承りました」
打って変わって、一方こちらはとあるファッションビルのエスカレーターを上る青年。茶髪で長身の私服なので年齢は定かではないが、高校生くらいだろう。
こちらもまた、近寄り難い程に整ったイケメンで、ひょっとして若手の俳優か、はたまたモデルかという具合のプロポーション。雑誌から飛び出したかのように彼にピタッとはまる服をいやみなく着こなしていた。
女性に人気のアメニティが並ぶショップにひとりで入った。通常、彼くらいの男子ならば気後れしそうなのだが、サラっとこなしてしまうあたり、相当こ慣れているらしい。
彼は商品を眺め、時より手に取ってじっくり選んでいた。
「彼女さんへのプレゼントですか?」
迷っている様子の彼を見兼ねた店員さんが声をかけると、彼はその問いに少し切なげに、しかし瞳に優しい光が宿った笑顔で答える。
「彼女じゃないですヨ。でも、すごく大切な子なんです」
「へえー。そんなに想われてるなんて、なんだかうらやましいです。こちらのギフトセットなんていかがでしょうか」
最初はドキッとするくらいに切なげで憂いを帯びた表情が、年相応のキラキラ輝く笑顔になった。
店員もそんな彼の一途な思いを汲み取り、値段もさほど高くなく、しかしプレゼントとしては相応なギフトセットを彼に見せる。
「こちらの商品はどうでしょう」
「ラッピングかわいいですネ。…この内容を参考に、俺が店内で見繕うことってできますか」
「ええ、構いません。あくまでこちらは一例に過ぎませんので」
「よかった。できれば俺が選んであげたかったんですよネ」
彼は目星を付けていた商品を選び、最後にキャンディの形をした入浴剤を持ち、レジへ向かう。選んだもののバランスやセンスの良さに、店員が思わず感嘆した。
「プレゼント用に、ラッピングしてください」
「かしこまりました。それ、雑誌に掲載されたから、すごく人気で本日入荷したばかりなんですよ」
キャンディの形をした入浴剤を少し掲げてそう言った店員に彼がはにかむ。
「欲しがってましたからネ。できるだけ喜ばせてあげたいんですヨ」