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□『執行人』
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 以前はこんなまどろっこしい方法はとられてなかった。かつては、刑が確定した罪人はすみやかに、庶民に公開される形で、それも残酷な方法で処刑されていた。それが取りやめになったのは、当時の王の娘――王女が言った言葉が切っ掛けだった。

 慈悲深かったという王女の言葉が、今も残っている。

『彼らも生まれた時から罪人だったわけではありません。恐らくは何か深い事情があったに違いありません。それらもきっと、天上の神ならご存知のはず。やむにやまれぬ事情があった者にまで、同じ非常な罰を与えるのは哀れでなりません。どうかお願いです。天上の神に、罪の深さを計って頂く機会を、彼らに与えられないでしょうか?』

 王女を溺愛していた王は、優しい愛娘の言葉を聞き入れた。

 その方法が、今のやり方だ。

 死刑が確定した罪人は皆、この審判の塔に送られてくる。そして『神の審判』と呼ばれる焼きゴテで、背を焼かれるのだ。これにより半数以上がのたうち苦しみながら死ぬ。そして、それを耐え生き残ったからといって、彼らが許されるわけでは勿論ない。


 罪は罪。結局待つのは、少しだけ先に延ばされた死。それが以前下されていた残酷な最期よりも穏やかな、眠るように安らかな道行きというだけのこと。

 彼らに与えられるのは、苦痛が一切ないといわれている毒。それを罪人へ最後に投与する役が、仮面の黒ローブが王から与えられた仕事。公開処刑が行われていた百数十年前までは、残酷な最期を与えるのが家業であったという一族。

 その代わりに王から恩恵として得ている身分や財産は小さくない。そして正体は仮面に隠され、秘密にされている。知っているのは、同じく塔で働く一部の者逹だけだった。

 仮面の下の正体を外へ漏らせば、それもまた罪になる。血族諸供、どこかへ一生幽閉されるとか。実際、そんなことも数百年の昔にあったと記録には残っているけれど、その厳しい罰に懲りたのか、それからは一度もないという。







 誰もいなくなった、地下にある牢の一室。脱獄を防ぐため壁は堅い石造りで、通路に面したところだけが鉄製の柵になっている。明かりは普段は通路にあるだけで、かろうじて牢屋内にも届く程度。はっきりした顔の判別は難しいくらい。けれど今、ランプを一つ持ち込んでいる為、気を失って床に転がる罪人の顔がよく見える。

 ――彼は、どうだろう。生き残れるだろうか。

 どうして彼は罪を犯したのか。父の死と共に家業を継いで以来、既に幾人かに刑を執行してきたけれど、そんなことが気になったことは一度もなかった。なのにこんなに気に掛かるのは、今までの罪人逹と、あまりに違うせいだろうか。

 今までの罪人が、早く殺せと訴えた事は無い。ほとんどは己れ罪を棚上げし、死にたくないと嘆き、仮面の姿を見ては汚い言葉で罵った。毒入りの注射針を肌に刺すその瞬間まで暴れ抵抗し、死ぬ間際まで呪いの言葉を吐き続けた。

 執行人が仮面を被り素顔を晒さないのは、死の際に顔を覚えられて引きずられない為、そして彼らの放つ悪意を跳ね返す為だといわれている。


 そんな力が本当にこの仮面にあるのかは判らないけれど、昔からそう信じられているのだった。

 けれど、あの紫の瞳に見詰められていた間中は、何故だろう仮面の下までが見透かされているような気がしていた。

 いや、本当は見透かされたいのか。それを望んでいるのか。

 罪人の意識が無いのを確認して、色白の形のいい奇麗な手が仮面を外す。そこから現れたのはやはり白く、酷く甘い顔立ち。こんな殺伐とした光景には、最も不似合いな。社交界で女性に囲まれて微笑んでいる方が、よほど似合いそうな。

 その顔を飾る宝石のような緑瞳は、憂いを帯びている。それにかかるのは、夕闇のような暗青色の髪

 膝を折って、身を屈める。

 冷たい石の床には、歯を食いしばったまま意識を失って横たわる華奢な肢体。腕を伸ばして、そっと頬に触れてみた。

「キラ…ヤマト」

 確かそんな名だった、書類に記されていたのは。

 熱を持った頬は、彼がまだ生きている確かな証拠。もう一度目を開けて、その目でみつめてくれないだろうか。そんな風に思った。

「キラ」

 気づけば、もう一度呼んでいた。

 願わくば、答えて。その声を、どうか聞かせて。






※書き写している為、誤字脱字などは、ご容赦下さいm(__)m
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