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□『執行人』
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 同じ大きさに切り出された横長の白い石が、いくつも積み上げられた形になった塔。同じ高さのそれが三つ、上から見ると三角形の頂点にくるように建っている。それらは、同じ石の高い塀で結ばれ、中央に広場になっている。そこはかつての刑場跡で、今も草木一本生えることなく地面が剥き出しになっている。初めて目にする者は大抵、漂う不気味なな雰囲気に過去を想像し背筋を震わせるだろう。

 そんな塔は、外側にもう一重の外壁を持つ。更に外側には、深い堀。その二つによって、外界からは完全に隔てられている。

 市街からも遠く離れた荒れ地にある、塔までの道程を行くのは、その関係者、或いは執行を受ける罪人のみ。出入りは、その時々で降ろされる木橋を使うしかなく、それが降ろされるのは三つの場合。一つは管理官達が出入りする時、一つは罪人が連れて来られる時、もう一つは、処刑された罪人の遺体を運び出す時――。



 ギィィと、嫌な、そして重苦しい音をたてて木橋が降ろされる。午後も遅い時間、予定通りに新たな罪人は連れて来られた。


 頭から被せられた、まるで汚れているようなくすんだ色のローブの端から、何日すいていないのか、ぼさぼさの栗色の髪がはみ出している。男性だと聞かされていた罪人は小柄で、太い鎖で括られ繋がれた両腕は細く、手を見る限りまだ若い。 

 こんな若さで何故、どうして罪を犯したのか。チラリと見えた顔からは、狂気のようなものは感じられなかった。

 俯いていた顔がふと上がる。思わずだろう立ち止まった瞳が、僅かに恐怖に歪んだ。

 彼の見ている先に、白銀の、のっぺりした仮面を被り、漆黒のフード付きのローブを纏った者が居る。昼の眩しく輝かしい日差しの中で、それは異常な姿に見えたのだろう。

「さっさと歩け、立ち止まるな」

 後ろから突き飛ばされた罪人は、数歩よろめいた後で再び歩きだす。

 一瞬、目が合ったような気がした。瞳の色が、春の野に咲く菫のような紫色なのが印象に残った。人相から受ける印象も、今まで来た罪人とは全然違う。


 罪人が木橋を渡り切ると、再び音を立ててそれは上げられた。一度背後を振り返った罪人は、脅えた表情を隠しもせずに前に向き直る。その正面には、塔のある内壁に続く重厚な鉄の扉。それを潜れば、あの広場を抜けて一つの塔に至る。

 開け放たれた鉄扉の内側へと入って行く罪人を、仮面の黒いローブは、いつまでも目で追っていた。

 目が離せない。こんなことは初めてだった。





「――――――ッ!」

 歯を食いしばり、両手の爪で石の床を掻きむしりながら、罪人は激痛に耐えている。牢屋中に、肉が焼け焦げる独特の嫌な匂いが漂った。

 凄まじいはずの痛みに、どんな屈強な男でも大抵、断末魔のような悲鳴を上げるというのに、彼は呻きを一度漏らしただけで、あとは耐えてみせている。

「見かけによらず、意外とふてぶてしいな。さすがは肉親殺しの放火犯、声も上げないなんて可愛げがなさ過ぎるぜ」

 刑の証人として見届けているディアッカが、ボソリと呟いた。

 その背後、狭い牢の壁に寄りかかるようにして一歩後ろにいるのは、黒いローブの仮面の男。彼は真っ直ぐに目を逸らすことなく、この光景を見ていた。


 赤く焼けた鉄のコテが肌から離されても、俯せの罪人は全身に力を入れて、体を強ばらせたまま。顔からは玉のような汗が吹き出している。

 その顔が不意に横を向いた。そして視線を上げると、虚ろな瞳が仮面を捕らえる。

「お前が…僕…迎えに来た…からの使者だというなら、さっしと…連れて行けば…いいのに」

 力無いかすれた声でそれだけ言うと、罪人はふつりと意識を失った。

 それを見ていた管理官二人は、何の感慨もない様子で出て行こうとする。

 そな間際、イザークは仮面を振り返る。

「こいつが生き残ったら、次はお前の出番だな」

 残されたのは、黒いフードつきのローブを羽織った仮面、一人だけ。仮面は何故だか離れがたく、床にくたりと転がる華奢な姿を見下ろす。

 背には無惨な、赤く爛れた焼け跡。背の約半分を覆う複雑な文様のそれは、神の紋章。百数十年前、法を定めた当時の王は、それが神の審判の印しなのだと言った。今は赤く腫れ上がっているけれど、それがひけば鮮やかに印しは残るはず。

 命をなくす者もいるこの処置は、死刑が確定した全ての罪人に施される。
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