Stories
□罪と罰
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あのときの俺は、栞に会って少しばかり動揺していた。
元気そうな栞を見て、俺が守ってやれなかった彼女が今は幸せに過ごしていることに安堵する一方で、
真面目な彼女が今でも8年前のことを気に病んでいることに、少なからずショックを受けていた。
――俺のせいで。
俺が未だに真相に辿り着けないばかりに、
8年の月日が流れたというのに、二人ともまだ解放されず、過去に繋がれている……。
そう思うと、自分に対する失望と焦燥感で、胸がギリギリと軋むようで。
いつからか……
気がつけば名前ちゃんは、いつも俺を優しく見守ってくれていた。
決して踏み込まず。
決して突き放さず。
どんなに俺が本音を隠しても、澱みのない瞳で、俺のことを真っ直ぐ見つめてくれていた。
その強い瞳に惹かれるようになったのは、いつからだっただろう。
あの夜、車を降りようとする彼女の腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。
それは完全なエゴだった。
自分の辛さに流されて、物わかりのいい優しい彼女に、衝動的に寄りかかった。
彼女の気持ちも、考えずに。
ひとりになりたくなくて。
側にいてほしくて。
だけど断じて、誰でもいいわけじゃなかった。
栞の代わりでも、もちろんなくて。
名前ちゃんに、側にいて欲しかった。
名前ちゃんだから、側にいて欲しかった。
その強さに、包まれていたかった。
彼女がいてくれれば俺は……自分を取り戻せるような気がした。
彼女が側にいてくれるのなら、別に身体など重ねなくても、夜が明けるまでこの手を握って、そっと寄り添っていてくれるだけでよかったんだ。
けれどそれは、ひとりよがりな俺の甘えで……。
自分の痛みだけに気を取られ、唐突に発してしまった配慮のない言葉は、
俺の心情を正しく彼女に伝えるには、あまりにも足りなさ過ぎた。
今でも。
あの時の彼女の瞳が忘れられない。
……あの時どうして、もっとうまく気持ちを伝えることができなかったのだろう。
どうして彼女の気持ちを、ちゃんと思いやることができなかったのだろう。
「……帰らないでって言ったら、どうする?」
感情を映さない瞳で、試すような言葉を吐いて。
「……帰したく、ない」
他にもっと、言うべきことがあったのに。
言葉を選ぶのは、得意だったはずなのに。
「なんで……遊びの対象みたいに扱うんですか!」
零れた涙を見て、自分が過ちを犯したことを悟った。
ああ、俺は、いつの間にか、強い彼女に甘えきってしまっていたんだ、と……。
どんなに俺が本音を隠しても俺の真意を汲んでくれた彼女に、
知らず知らずのうちに勝手な期待を寄せていたんだ。
大事なことでさえ、云わなくてもわかってもらえるような、そんな気がしていた。
……そんなわけ、ないのに。
本当は大事なことほど、言葉でちゃんと伝えなければならなかったのに。
「……名前ちゃ……」
「触らないで下さい!」
伸ばしかけた手は、強い拒絶の言葉に宙を彷徨って。
彼女を傷つけておきながら、己の傷心も隠せずに彼女を見つめるしかなかった自分に、絶望すら覚えた。
「……嫌です……」
あの強い瞳から涙が溢れて、
「そんなの……嫌だ」
掠れる声で、絞り出すようにそういう彼女に。
今更「違う」と、言えばよかったのだろうか。
そんなつもりじゃないと、説明すればよかったのだろうか。
けれどあんな風に言ってしまった後では、もう全てが言い訳みたいに聞こえる気がした。
……きっと彼女は、俺の気持ちを信じないだろう。
俺は、順番を間違えたんだ……。
どうでもいいときには饒舌になれるくせに、
肝心なことを伝える言葉だけは、うまく選べなかった。
彼女に甘えすぎた、――俺の罪だった。