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□あなたのとなりで≪後編≫
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「うっわー! 気持ちいい……!!」
思わずため息がこぼれる。

「せやろ? 俺の秘密の場所や」
天王寺さんが、驚いている私を見て満足そうに笑う。


天王寺さんが連れて来てくれたところは、いま歩いてきた街を見下ろす見晴らしのいい小高い丘だった。
ここからは、賑わっていたあの商店街も少し小さく見える。
爽やかな風が吹き抜け、歩いて少し汗ばんだ身体を、優しく冷ましてくれる。


「この抜けるような眺めが気持ちいいねん。それに、いつもいい風が吹いてるんや、ここは」

そう言って、とても気持ちよさそうに、胸一杯に空気を吸い込む。

「高校生のとき、へこんだことがあったらいっつもここに来とった。まあ、別にへこんでないときも来てたけどな」

こうやって寝っ転がると気持ちええで、と得意げに言う天王寺さん。
私も天王寺さんを真似て、青々とした芝の上にごろんと横になった。


「……へこんだことって、例えばどんなことがあったんですか?」

「まあ、大体が試合のミスや。4-1でリードしてて、9回裏ツーアウト満塁であと一人打ち取ったら終わりやのに、逆転サヨナラ満塁ホームラン打たれた時とか……」

「それはへこみますね……」

フォローのしようがないくらい悲惨だ。
きっと忘れたくても忘れられない思い出だろう……。


「あ、あとは女の子に振られたときとか?」

「アホか! 自慢やないけど俺はもてたんやで?」

あはははは、と笑う私に、
おばちゃんもそう言うてたやろが、とムキになるところが可愛い。


私たちは、芝生の上に寝転びながら、暫くそうしてジャレ合っていた。
風の通り抜ける丘に、私たちふたりだけ。
さわさわと波立つ芝が、手や髪をくすぐっていく。


ここは、本当に、気持ちがいい。
確かにここに来れば、「少しくらいの悩みなんて大丈夫、また明日から頑張れる」って気になれそう。
いろんなことが浄化されていくような、そんな清々しい空気があった。


「この場所は、天王寺さんのいろんな気持ちを包みこんで来たんですね……」

「せや。だから……大阪に来るて言うたとき、ここにお前を連れてきたいて思ってん」

「うん……」


そんなことを考えてくれていたなんて、なんだか胸がいっぱいになってしまう。



「そろそろ陽が落ちてきたな」

そう言いながら、天王寺さんが上半身を起こす。
私も身体を起こし、その隣に座った。
二つの影が、さっきよりも長く伸びていた。

「名前、寒いか?」

天王寺さんが、優しく後ろから抱き締めてくれる。
ふわっと漂う、天王寺さんの、男の匂い。

「ううん……大丈夫です」

胸の前に回された大好きな腕に頬を擦り寄せ、両手できゅっとしがみつく。
これ以上ないくらい、心も背中も温かい。


「お。 名前、見てみ」

天王寺さんの言葉に、顔を上げると。

「わ……!」

空に、街をオレンジに染める夕陽のグラデーションが、下りて来ていた。



……それはもう、切なくなるほどに綺麗な光景で。

私は、このまま時が止まればいいのにって思った。

いつまでもいつまでも、ただこうしていたくて。



だけど、夕陽はだんだんと街の向こうに沈み行き、オレンジ色の世界は、あっという間に宵闇に包まれる。

吹き抜ける風がさっきよりも冷たくなって、いつの間にか、月がその輪郭を、もう東の空にはっきりと浮かび上がらせていた。
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