Stories

□Naked @
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「んーーーー!」

誰もいない屋上で、めいっぱい伸びをする。

始業前の朝の空気はまだ少し冷たくて、頭が少しずつ冴えてくる感覚。
眼下に広がる東京の街も慌ただしく鼓動を始めたようだ。



野村さんと気持ちが通じ合った日から、今日で10日目。

あの夜の幸福感は、今でも忘れられない。
未来永劫交わることのないと思っていた二つの道が、一つに重なった奇跡。
野村さんに家まで送ってもらってベッドに入ってからも、うれしくてうれしくて、なかなか寝付けなかった。


それから今日まで、私は相変わらず事件に追われ、野村さんも出張や会議などで忙しく、
同じ警視庁内にいても顔を合わせることはほとんどなくて。

言葉を交わしたのは、花井さんと捜査に出掛ける時に、廊下で擦れ違って挨拶した、たった一度だけ……。


ただ、毎晩日付が変わる頃には、必ず野村さんからのメールが届く。
決して長いメールじゃないし、たいした内容じゃない。
だけど、短い文面からその日の野村さんの状況が伺えるし、何より私のことを気に掛けてくれていることがうれしかった。

(これで寂しいなんて思ったら、バチがあたるよね)


……だけど。


(やっぱり、会いたいな……)


ゆっくり顔が見たい。
声が聞きたい。
できれば……あの厚い胸に顔を埋めて、ギュッと抱きしめられたい。


(……って! 何考えてんの、私!)

野村さんに抱きしめられたときの記憶が甦り、思わず顔が熱くなる。
ガッシリとした腕に強く抱かれて、激しく求めるように口づけられたあの時、
野村さんのこと以外考えられなくて、香水混じりの野村さんの匂いに頭がクラクラして……。


(あ〜〜〜! ダメダメダメ!)

思わずぶんぶんっと、頭を乱暴に振る。


でも……。


(野村さんに、会いたい……)

せめて、次の約束が欲しい。
会える日が分かっていれば、その日を楽しみに頑張れるのに。


(でも、迷惑になるようなこと言って嫌われたくないし……)

野村さんが忙しいことを分かっていながら会いたいなんて、とてもじゃないけど言えない。


(野村さんは……私のこと、どのくらい好きなのかな)


あの日くれた言葉と、あの時の野村さんの眼は、嘘じゃないと信じてる。
だけど、自分の気持ちが彼の気持ちよりも大きくなりすぎていないと確信できるものは、何もなくて。


(もしかして、こんなに好きなのは私だけだったりして……)


私は、意識して仕事に没頭しなければ、すぐにでも頭の中が野村さんでいっぱいになってしまうのに。
野村さんが私を思う時間は、私が野村さんを思う時間の何パーセントくらいなんだろう……。




「――おはようっ!」
「きゃあ」

いきなり後ろから抱きしめられ、心臓が口から飛び出すかと思うくらいびっくりする。

でも、

(今の声!)

「野村さん!」

首をくるっと回すと、何よりも見たかった顔が、そこにあった。

「ハハ。驚かせてごめんね」

そう言って微笑む、愛しい人の優しい瞳。
私の心の中に、じんわりと温かいものが広がっていく。


野村さんが回した腕を解いて、私たちは向き合った。
……やっと、会えた。
ずっと、ずっと、会いたかった顔。


「久しぶり。元気だった?」
「はい、元気です! 野村さんは?」
「ぼちぼちかな。名前ちゃんに会えなくて寂しかったけど」

そう言って目を細める野村さん。

「ほんとですか?」
「嘘言ってるように見える?」
「そう言うわけじゃないんですけど」
「けど?」
「野村さんが寂しいって思ってくれてたって……」
「意外?」

おや、というような顔をして私を見る野村さん。

「何だか……信じられなくて……」

私がそう言うと、途端に野村さんの顔が曇った。


「……やっぱり、信用ないのかな、俺」

神妙な顔で言う野村さん。

「あ、いやあの、そう言う意味じゃなくて!」

何やら誤解されそうなので、慌てて顔の前で手をぶんぶんと振る。

「その……」

「うれしい……んです」

野村さんも、私と同じように思っていてくれたことが。


すごく恥ずかしくなって、自分の声とは思えないほど小さな声でそう言った後、
これ以上ないほどに頬が熱くて、恥ずかしくて俯いていると、

「そっか〜。名前ちゃんも俺に会えなくて寂しかったのか〜」

さっきとは打って変わって、けろっとした呑気なトーンの声。

思わず顔を上げると、満面の笑みを浮かべる野村さんの顔がそこにあった。


「野村さん……騙しましたね?」
「ん? 何が?」

にやりと笑う。

……く、くやしい。
この顔は絶対に確信犯だ!


「……も〜〜!」
「あれ? どうしたの、名前ちゃん」
「別に、何でもありませんっ」

一本取られたことが悔しくて、つっけんどんにそう言う私。


すると野村さんは、私の肩をぐいっと捕まえて。

「……本当に、寂しかったよ」

至近距離で、射るように見つめられて。
その瞳は、さっきのからかうような色とは、打って変って真摯で。


(もう……ずるい……)

緩急をつけた野村さんの言動に、すっかりがんじがらめにされている自分に気づく。
それは少しくやしくて、だけど甘くて、心地よかった。


そのまま引き寄せられ、グッと抱きしめられると……、

私はもう我慢できずに、両手を野村さんの背中に回して、夢中でしがみついていた。








「苗字……お前」

「締りのない顔ですね」

「……名前ちゃん、どうしたの?」

「何か悪いモンでも食ったんちゃうか」

「……不気味」

始業ギリギリに二課に戻ると、私を迎え入れた皆は口々にそう言った。
それくらい、どうしようもなく顔が緩んでしまっていることは……自分でもわかる。


「おいお前ら、仕事しろ」

桐沢さんの一声で、私をダシにあーだこーだと言っていた皆も、いつものように仕事を始める。

(そうだ、集中、集中!!)

幸せに浸っていた私も、思考をグッと引き戻して、仕事モードにスイッチを入れる。





「明日の夜……ウチに来ない?」

野村さんは、さっき私を抱きしめながらそう言った。

「明日は9時には出られると思うから。一緒にゴハン食べて……その後は朝まで一緒にいたい」

恐ろしいほどの勢いで、胸がドクンドクンと鳴るのが分かった。

付き合い始めてから、初めてのデート。

そして、朝まで、って……。


(それはつまり、……そういうことだよね?)

思い出して、また心臓が早鐘を打って。
私は慌てて、虚空に漂っていた視線を、PCのデスクトップに広げた資料に落とした。






<Aに続く>
 

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