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□What you see
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口元を染める深い赤が艶めかしい。
「少しペースが速いみたいだけど、大丈夫?」
カウンターの左隣に座る彼女に、優しいフリをして聞いてみる。
テーブルに置かれたグラスの中では、今彼女が口をつけたワインがゆらゆらと揺れている。
「うん…ちょっと、酔ったみたい…」
こういうときこうやって甘えてくる女は、ありきたりだけど嫌いじゃない。
「お水、貰おうか」
もたれかかってきた細い肩を左手でゆっくりと引きよせながら、水を持ってくるようカウンターの向こうに指示を出す。
華奢な身体に今ふうのドールフェイスで、いつも雑誌から出てきたみたいな可愛いスカートスタイルの、総務部広報課の花。
たまに廊下ですれ違って声を掛ける程度だったけど、昨日ばったり会ったとき食事に誘ってみたら、あっさりOKで。
女性を誘うときによく使う、この行きつけのワインバーにやってきた。
…こうやって見ると、やっぱり可愛いな。
同期の中で人気No.1だという噂も、オジサンたちが鼻の下を伸ばしているのもよく分かる。
この左手で梳くとサラサラと流れる長い髪。長い睫毛に大きい瞳。
「可愛いね」
長い髪を弄びながら、素直な気持ちを口にする。
「そんなこと言って…私、野村さんのこと、好きになっちゃいますよ」
上目づかいで見つめる顔。
こういう駆け引きを帯びた会話も、それはそれでやっぱり嫌いじゃない。
だけど。
「俺のどこが、いいの?」
「すごくかっこよくて…ずっと憧れてました」
「それだけ?」
「お仕事もできて、いつも颯爽とされていて、素敵だと思います」
「そう…ありがとう」
そう微笑みながら、心の中では急速に寒々しい気持ちが広がってゆく。
ほーらやっぱり、俺の表面しか見ていない。
どうして、いつもいつも、女のコたちはそうなんだろう。
「かっこいい」ね。自分の外見が女性にウケることは、今更言われなくても知っている。
「仕事もできて」って、君は俺の仕事ぶりなんて大して知らないくせに。
どうせ警察官僚っていう、俺のステイタスから来る安直なイメージでしょ?
そして、そんな「何でも持っている」俺の余裕っぷりが、
更に「エスコートがスマートで包容力のある大人の男」という魅力に拍車を掛けていることも知っている。
まあ、大体において間違ってはいないから、別に否定はしないけど。
何より便利だし。お陰様で今日も女には不自由しない。
だけど…君たちは俺の何を知ってるというの?
外見だとか、名声だとか、上っ面を称える薄っぺらい言葉は聞き飽きた。
君は俺の、何を見てるの?
本当に、俺が欲しいの?
俺のことなんて、大して知らないくせに。
理解しようとすらしていないくせに。
君ガソノツモリナラ。
ソノ期待ニ応エテアゲマショウ。
…俺は、期待を裏切らない男だからね。
「野村さんは、わたしのこと、好き?」
甘えるように左腕にしがみつきながら、俺を促す言葉。
純情ぶってるけど、自分が可愛いってことをよく分かってるしたたかな表情だ。
隣り合ったカウンターで向き合うようにして、今度は右手で彼女の左頬を包む。
ゆっくりと髪を割って入ったその手で左の耳に触れ、耳朶を優しく弄ぶと、頬を上気させて身を捩る。
「可愛いよ…」
そのまま手で首筋を背中までゆっくりなぞると、気持ちよさそうに身悶えして俺の腿に手を置く。
軽く抱きしめると、香水の香りが広がった。
「可愛い女のコは、好きだよ」
唇が触れるかと思うほど顔を近づけて、極上の笑みでそう言ってあげる。
「出ようか」
俺が欲しいなら、おいで。
虚構に彩られた空間で、甘い言葉と極上のセックスをあげよう。
でも、それ以上は踏み込まないでね。
君だって俺の表面しか見ていないんだから、おあいこでしょ?
二人で束の間の夢を見よう――。