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□そのままの君でいて
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…家族なんて、信じてなかった。
ホームのみんなのことは好きだけど、家族というのとは、やっぱりちょっと違う。

でも俺は、蛍のひかりホームにいられて、よかったと思う。
そうじゃなかったらきっと、誰も信じられない人間になっていたと思うから。
俺がかろうじて人を信じることができたのは、遠藤先生やみんなのおかげ。

先生たちのおかげで、自分より弱いものや年下には優しくすることができた。
子供や動物は純粋だし、裏切らない。
…でも、先生たち以外の大人には、心を開く気になれなかった。
大人は…ずるいから。
口先ばかりで、すぐ嘘をつく。裏切る。人を利用することばかり考えてる。



だから、二課に来た時も、馴染むまでには時間が掛かった。
こんな俺だから「はみだし二課」に配属されたんだろうってことは、自分でもよくわかってたし。

だけど、二課のみんなは、ちょっと変わった俺のこともそのまま受け入れてくれた。
やるべきことをしっかり果たせば認めてくれたし、刑事としての俺を尊重してくれた。
必要以上の干渉はせず、つかず離れずの心地よい距離で接してくれた。

それに何より、二課のみんなは信じられる。
みんな、なんだかんだ言っても、自分の中にしっかりと正義を持っているから。

俺は少しずつ、二課に馴染んでいった。



それでも、女のことは、全く信じられなかった。
ずっと、打算的な生き物だと思ってた。

ホームにも女の子はいたし、小さい頃は男も女もなくそれなりに仲良くしてたけど。
年を取るにつれて、男の子は男に、女の子は女になる。
思春期を過ぎた女の子は、少しずつずる賢さを身につける。
都合が悪くなると笑顔で誤魔化したり、調子よく甘えてちゃっかり楽をしようとしたりして。
そんな変化に、俺は少しずつ違和感を覚えるようになった。

極めつけは、ホームの女の子のひとりと将来の夢について話をしたときのこと。
その子が語った「夢」は、よりによって「お金持ちの男の人と結婚して幸せになること」で…。
それを聞いたとき、心の底に持っていた激しい嫌悪感が衝動的に湧き上がった。
「ああ、やっぱり女はこうなのか」…って。



今なら。
あの子の気持ちも、分からなくはない。
ホームで育ち、欲しいものも自由に買ってもらえず、それでも食べさせてもらっている身では贅沢を言うことなんてできなくて。
一般家庭の子供たちが流行りのおもちゃや新しい洋服を自由に買ってもらっているのをずっと横目に見ていたから、みんな、愛情はもちろん物質的にも、いつも満たされない気持ちを抱えていた。
そんな子供時代を送ったら、将来は金持ちの男と結婚して不自由のない暮らしをしたいと思うのも、無理のないことかもしれないと思う。

だけど、それを聞いたときの俺の頭には、あの母親の姿が思い浮かんだ。
他力本願で自分では何もしないくせに、贅沢ばかりする、見栄っ張りな女。
自分の子供にも愛情を注がず、人に求めるばかりで、挙句に外に男を作って出て行った、自分勝手な女。

やっぱり女なんて、人をアテにする打算的な生き物だ。
「お金持ちの男の人と結婚して幸せになりたい」だなんて、なんで他人に頼ることばっかりなんだ。
少しくらい自分で努力するってこと、考えれば?
少しくらい、自分が誰かの為に何かしてあげようとは思わないの?
…そう思った。



だけど、名前の存在は、そういう俺の頑なな思い込みを、頑固なまでの不信を、すべて崩してしまった。

名前は、相手が誰であるかなんて構わずに、正論をぶちまける。
間違ったことには激しく憤り、向こう見ずなほどに熱くなる。
よく言えば、まっすぐ。
悪く言えば、バカだとも思えるほどに…。

そんな姿を横で見ているうち、初めは名前を信用していなかった俺も、名前の行動には計算なんてないんだと思うようになった。

そう、名前は。
見返りを求めるわけでもなく、ただ一途に、自分が正しいと思ったことを貫く強さを持っている。
どこまでも冷たかった俺に対しても、必死でついて来て。
…そんな女は、今までいなかったのに。



俺の部屋で、名前が作ってくれた夕食を食べた後、お茶を飲みながら、ふと聞いてみる。

「名前は、はじめ俺のこと嫌なやつだと思った?」
「え!?」

…わかりやすい…。

こんなに正直過ぎるようじゃ刑事には向かないんじゃないかって、ちょっと心配になるくらい。

「…やっぱり」
「え、修介! 私何も言ってないよ」
「激しく顔に書いてある」

思わず苦笑が漏れる。

「いいよ、別に。自分でも嫌なやつだったと思うから」

実際、はじめの頃の俺は名前に心を閉ざしていて、必要最低限(というのはあくまで俺の判断基準)以上のコミュニケーションを取ることを、頑なに拒否していた。
コンビなのに携帯にも出なかったし。
今思うと、正直ちょっとひど過ぎた…と思う。

「あはは…。ホントのこと言うと、ちょっと心が折れそうだったかも」
「ごめん」

素直に謝る。

あの頃のことを思い返すと、胸が痛い。
俺は、子供だった。よく知りもしない名前のことを、勝手に「信用できない奴」だと決めつけて。

「でも名前は、何とか俺とコミュニケーションを取ろうと必死で頑張ってくれてた。なんであんなにしつこかったの?」

もちろん、「しつこかった」なんて言葉は照れ隠しから来るもので。
名前もそれはわかっているから、流してくれる。

「はじめは、仕事だったから…。二課の一員として認めてもらいたかったし」
「…じゃあ、そのあとは?」
「そのあとは…」

うつむく顔が、少し赤い。

「…なんとなく、ほっとけない気がして…修介のこと」

思わず表情が緩んでしまう。
可愛い表情とその言葉に、なんだか胸がいっぱいになるから。

「俺は放っておいてくれって、全身で言ってたのに?」

少し意地悪を言ってしまうのは、これもまた照れ隠し。
素直になれない俺を、どうか赦して。

「確かに…すごく拒絶されてる感じはひしひしと伝わったけど、そこは敢えて空気を読まなかったっていうか…。
なんか、どうしても修介のこと理解したくて…。
でもごめん、そんなの私の勝手な気持ちだよね。私、修介の気持ちをもっと考えるべきだったよね。拒絶されてるのにうるさくて、すごく嫌な人だったよね…」

「ううん、そうじゃない」

俺は微笑って、まっすぐゆうを見る。

「けど、お節介」
「うっ…」

…ああ、ごめん。なんだかひねくれた言い方ばかり。
違う。うれしいんだよ。
そのお節介…いや優しさが、俺を救った。

信じることを、教えてくれた。

たまらなく愛おしくて、名前をそうっと抱きしめる。
柔らかくて確かなぬくもりに、とても穏やかな気分になる。

本当に名前は、まっすぐで、優しい。



名前を信じられるようになって、俺は確かに変わったと思う。
ほかの人との接し方も、随分柔らかくなった。
俺を取り巻く世界は、以前と変わらないはずなのに、全く別のモノになったみたい。
俺は、この世界が綺麗ごとばかりじゃないってこと、誰よりもわかってるつもりだけど。
それでも、名前が一緒なら、世界は輝いて見える。
こんなに優しくて強くて美しいものがあるんだって、気づくことができたから。

だからこのまま、俺のそばで微笑ってて。
まっすぐに生きていくことは、簡単なことじゃない。
傷つくことも…きっと、多い。

でも、名前が名前らしくいられるように、絶対に俺が守るから。

ずっとこのまま、まっすぐな名前でいて。





<END>
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