燈馬君と可奈ちゃんの日常
□この想いは夜更け過ぎに「好き」へと変わるだろう。
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(ふぅー。なんだか体がほてるな。ひょっとしてカクテルにアルコールが入っていたんじゃ。まったく水原さんは)
くすりと笑いながら、水原さんのことを思い出していた。なんだかさっきもとろーんとした顔で、すごく色っぽく見えた。思わず抱きしめたくなるのをこらえて、彼女をお風呂に行かせようと思ったけれど、彼女は眠そうで動きたがらなかったので先にお風呂に来たのだ。空は満点の星空。お風呂にも少し欠けた月が映り込んでいた。
たまたま優から僕と水原さんにチョコを贈るからって電話があって、うっかりリゾートのモニターに誘われていることをしゃべってしまったのが運のつきだった。絶対に行きなさい。行かなかったらロキやエバに言いふらして「チキン(臆病者)」と呼ぶからって。でも本心では背中を押してくれた優に感謝している。水原さんと今回旅行することで、自分でもよくわからないこの思いを確かめたかった。水原さんに、僕の想いをなんて伝えればいいのだろう。いつも「恋人なんかじゃない」って言う彼女。別に気にはしていなかったけれど、そう言われたときにほんの少しだけ、言いようのない寂しさを感じていたのはなぜだろう。
そう思った時だった。がらり、とガラスのドアが開いた。僕は目を疑った。次の瞬間、タオルだけをまとった半裸の水原さんが露天風呂に入ってきたのだ。
「み、水原さん。なにやってるんですか」
「なにって、お風呂に入りに来たんじゃん」
「な、なんで僕がいるのに入ってくるんですかっ」
「いいじゃん。ちょっと暑かったから、外の露天風呂に入りたかったんだもん」
「ぼ、僕すぐにでますからっ」
そういって出て行こうとする燈馬君。
(にがさないっ)
私はすかさず燈馬君の腕を浮かんで、露天風呂のお湯の中に押し込んだ。
「み、水原さん、くるしいっ」
「じゃあおとなしく一緒に入る。こんな可愛い女の子を外でひとりにして、熊かのぞき魔にでも襲われてたらどうすんのよ」
「水原さんならどちらも生け捕りにできるでしょうが」
「なんだとー」
再び燈馬君をお風呂に押し込んだ。苦しさでもがく燈馬君は、私のバスタオルをつかんだ。次の瞬間、バスタオルがはがれて、私は生まれたままの姿になった。
「きゃあ」
おもわず、お風呂にもぐりこんだ。燈馬君も顔を真っ赤にしている。
「えっち、ばか、へんたい、スケベ、信じらんない」
「む、むちゃくちゃですよ。ひとをお風呂に押し込んでおいて」
「うるさいうるさいうるさい! 燈馬君のスケベ。優ちゃんやロキに言いふらしてやる」
「や、やめてください。謝りますから」
「いやだ、許さないもん」
「水原さん」
燈馬君が、困った顔をして私を見つめてくる。次の瞬間、私の中でいたずら心が湧いてきた。
「じゃあさ、燈馬君。初恋の話をしたら許してあげる」
「ええ?」
「初恋だよ、初恋」
そう、燈馬君の好きだった検事のアニーさん。いい機会だ、話を聞き出してとっちめてやろう。
「どうしても?」
「どうしても。言わなかったら月曜日から学校で『のぞき魔』って呼んでやるから」
「…仕方ありませんね」
「おお、それでははりきってどーぞ」
「僕の初恋は…。初恋と言えるのかよくわからないんですが。出会って早々僕を振り回す人に惹かれていましたね」
うんうん。優ちゃんの話だとアニーさんは思いっきり燈馬君を振り回していたようだしね。
「ええと、あと、とても優しくて綺麗で…。いつも底抜けに明るくて、強くて、頼りになる素敵な人です」
いうじゃん燈馬君。ちょっと妬けるかな。確かにアニーさんはすごく素敵な人だ。燈馬君を大きく変えた人なんだから。
「僕のために栄養バランスを考えてご飯を作ってくれたり、家に誘ってくれたり、僕がいなくなったときに僕を抱きしめてくれたり」
ちょっとまて、そんな話は優ちゃんから聞いてないぞ。
「な、ちょっと、燈馬君、アニーさんとやっぱり付き合ってたの? 当時10歳だったくせに。しかも家にまで上がり込んで抱きしめてもらった?」
「ええ? いや、アニーさんの話じゃないですよ」
「ちょ、じゃあ誰よ? ああ、そうか、へぇー、燈馬君アメリカに彼女がいたんだ、隅に置けないわねえ、燈馬先生」
私はくやしくて、ジト目で燈馬君に思いっきり嫌味を言った。
「…いつもいつも、恋人なんかじゃないって」
「え?」
燈馬君が私を睨みつける。でも威圧しているような感じじゃない、むしろ私にすがるような、悲しさを帯びた瞳だった。
「いつもいつも恋人じゃないって言われるたび平静を装っていましたが、本当は悲しかったです」
「え、そ、それって」
「僕の初恋は、水原さんです。今ようやく気付きました。僕は水原さんのことを心から愛しています」
次の瞬間、私は燈馬君に抱きしめられていた。
「水原さんが悪いんです。僕の気持ちも知らないで裸でお風呂に入ってきて、しかも好きな人までいわせるなんて」
「な、ちょ、燈馬君」
「愛しています。どうしていいかわからないくらい、水原さんのことが大好きです。絶対に離したくない。たとえ恋人じゃないって言われても離したくない」
普段冷静な燈馬君が、せきを切ったように愛の告白をする。
「わ、わたし…」
「わかっています。水原さんが僕のことを恋人として好きでないことは」
「え? いや、あの」
「でも、今だけでもこうさせてください」
「ち、違う、違うと思う。私だって燈馬君がほかの女の子としゃべっていたり、それにアニーさんにずっと嫉妬していたり、妹の優ちゃんにだってたまに妬けちゃったり…。嫌い、じゃない。ううん。燈馬君がいないとさびしい」
「み、水原さん?」
「周りからいろいろ言われるのは嫌だったけれど、でも燈馬君のこと嫌いなんかじゃない。ずっと側にいて、これからもいろいろなところに一緒に行って、ボディーガードして守ってあげたいし、ご飯だって作ってあげたいし、ずっと面倒みてあげたい!」
「そ、それって…」
「好き、ってことなのかな? 私馬鹿だからよくわからないし、これまで誰かを好きになったことないから全然わからないけれど、これが恋人として好きってこと?」
「ほ、本当ですか? 僕でいいんですか? いつも変わり者で女心がわからないつまんない奴だっていっているのに」
「そ、それはそうだけれどいつも私を守ってくれるし、面倒なことだって引き受けてくれるし、勉強だって教えてくれるし、なんだかんだ言って優しいし、かっこいいし、頼りになるし…。と、燈馬君のほうこそ。いつも私のことを凶暴だっていうし、女の子扱いなんかしてくれないし、わがままで気まぐれだっていうじゃん」
「た、確かにそうですけれど、僕のことを誰よりも心配してくれますし、いつだって僕を支えてくれますし、優しいですし、すごく可愛いですし…。いつもやきもちやいていたんですよ? 背の高くて男らしい同級生が水原さんと話しているとき」
「な、なに言ってるのよ? 燈馬君なんて事件のたびに大人のお姉さんや婦警さんたちから可愛がられているし、同級生だってちらちら燈馬君のことみているし。燈馬君変わってるけれど顔はかっこいいから」
「な? 僕はそんなにカッコ良くないですよ? 水原さんこそすごく可愛いし、スタイルだっていいし、男子からいつもみられているじゃないですか」
「え? まっさか。そんな物好きいないよ」
燈馬君はまだ私のことを抱きしめている。ちょっと苦しくなった私は燈馬君に話しかけた。
「と、燈馬君、とりあえず離れてもらっても、いい?」
「あ、ご、ごめんなさい」
燈馬君はあわてて私から離れた。
「す、すいません。水原さん」
「いや、全然嫌じゃないから。むしろうれしかったし。ちょっと苦しかっただけ」
「水原さん…」
次の瞬間、燈馬君の唇が私の唇と重なった。唇を通して、燈馬君の鼓動が伝わってくる。
触れるだけのキス。でも私は燈馬君にめろめろだった。
「燈馬君。好き、大好き…」
降参だ。私はもはや意地を張る気力さえなくしていた。
「 水原さん...。僕には水原さんだけです。この想いをどうしていいかわからないくらい、水原さんのことを世界で一番愛しています。お願いです。僕のそばにずっといてください。僕を一人にしないでください。僕のお嫁さんは水原さんだけです」
「嬉しい...大好き、燈馬君!」
私は、最愛の人と結ばれて、心が満たされていた。
ずっと名前のなかった私の燈馬君への「想い」は、夜更けすぎに「好き」へと変わった。
義理チョコ、なんて意地を張っていたけれど、愛しい燈馬君へ、大本命のチョコをあげよう。