燈馬君と可奈ちゃんの日常
□この想いは夜更け過ぎに「好き」へと変わるだろう。
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天変地異の前触れかもしれない。あの燈馬君が、私を仕事抜きで旅行に誘うなんて。
私たちは、長野県のおしゃれなコテージに来ている。湖の近くにある高級リゾート地で、森に囲まれた素敵な場所だ。以前燈馬君がトラブルを解決した会社が、このリゾートを今年の夏にオープンさせるということで、ぜひモニターになってくれないかと頼まれたのだそうだ。
というのも今回はヴァレンタインに合わせてカップルたちを招待したみたいなのだけれど、以前お会いした会社の総務部長さんが、私たちのことを高校生カップルと勘違いしたみたい。とはいえ絶対に断りそうなあの燈馬君が、良くオッケーしたよね。理由を聞いてみたら、「あとでばれて水原さんに殺されたくないですから」なんて憎まれ口をたたく。本当に失礼しちゃう。まあ確かにこんな素敵な旅行をふいにしやがったら、上履きを顔にぶつけて、パソコンを足で踏み潰すくらいはすると思うけれど。
「おーなーかーすーいーたー。ねえ燈馬君、おなかすいて死にそう」
わたしはコテージのソファに座り、体操座りでクッションを抱えながら、燈馬君にわめいた。ちなみに服装は今年の福袋でゲットした白のセーターと朱色の天然石のネックレス、そしていつもの茶色のパンツだ。今年はタンスひとつ分を福袋でゲットした。燈馬君はわたしが福袋の荷物係として強制連行した時に、私が買わせた黒のジャケットとブランドもののTシャツにジーパン。ジャケットのせいか、ちょっといつもより大人っぽくみえる。
「水原さん、我慢してください。もう少ししたらバイキングですから」
「え、うそ、バイキング? やりぃ。ねえねえ、何が出る何が出る?」
「えーっと、確かパンフレットに…。神戸牛のステーキ、ふかひれ、お寿司、シュラスコ、タンドリーチキンのカレー、舌平目のムニエル、チョコレートフォンデュ、ザッハトルテ、世界中の料理が出ますね。あとドレスコードはなくて、服装はカジュアルでいいみたいですよ」
「うおぉー。やったやった。今夜は食べまくるぞー」
「はぁー。また太りますよ。お正月太りしたって騒いでいたくせに」
燈馬君は盛大にため息をつきながら、痛いところを突く。ていうか乙女にそんなこと
いうとは許せん。
「う、うるさいっ」
私の投げたクッションは、0.3秒後には燈馬君の顔に当たっていた。
ディナーパーティーは、このリゾートの真ん中にある建物で開かれた。ここだけほかのコテージとは違ってさながらスタイリッシュな豪邸、といった佇まいだ。まわりにはカップルだらけ。とはいえこんなところでお互いの腰に手を回さなくてもいいじゃんと思う。
「ねえ、素敵な雰囲気だね。たっくん」
「そうだね、アヤ」
なーんてカップルが20組ほどいちゃいちゃしている。こちらはと言えば、なにを考えているのか良く分からない男と一緒だって言うのに。でも、横顔を覗くとこいつ相変わらずまつ毛ばさばさだし、目もきらきら輝いていて大きいし、肌なんか一応毎晩化粧水つけて寝ている私よりきめ細かいし、綺麗な顔してるな…。妹の優ちゃんそっくり。
「…さん、水原さん?」
「ふぇっ?」
「どうしたんですか? あんなに楽しみにしていたバイキングなのにぼーっとして」
「い、いや、なんでもないよ。なんでもない。さあー食べるぞー」
「まずは前菜からですよ。おなか膨れちゃうから」
「乙女は欲望に忠実なのだー」
そういって私は神戸牛のステーキコーナーへと一目散に走り出した。後ろから燈馬君の盛大なため息が漏れるのもかまわずに。
(よしよし、とりあえずオッケー。えーっと飲み物はーっと。これは…ロゼ? そういえば未成年向けにノンアルコールのカクテルあるって言ってたっけ。よし、燈馬君にも持ってってあげよう。私って相変わらず優しいなあ)
そんなことを心の中で呟きながら、すでにオードブルを取り終えて席に戻っていた燈馬君の元へと戻る。
「とうまくーん! はいドリンク」
「あ、ありがとうございます。これは?」
「ノンアルコールのカクテルだって」
「そうですか。では」
「ああ、おいしい。まるで本物のカクテルみたい」
「…水原さん、飲んだことあるんですね」
燈馬君が冷たい視線でジロリと私をにらむ。いいじゃん。もう高校生なんだしカクテルぐらい飲んだってさ。相変わらず頭固いんだから。
「え? いや、あの、ほら燈馬君! あんまり食べものとってないじゃん」
「最初は少なめに、そうしないと最後まで食べられませんから」
「ふぅーん、わたしは最初から最後までペース変わんないからいいもん」
「さすが水原さん」
燈馬君は少しあきれたようにほほ笑んだ。やばい、その顔ちょっと可愛い。
しばらくすると、私たちはごはんそっちのけで「ノンアルコール」カクテルを飲んでいた。なんかこのカクテル口当たりがよくてぐいぐい飲めてしまう。
「うーん、ちょっとこの部屋暑いね〜。暖炉が強すぎるんじゃないかなあ」
「そうですね、水原さん。なんだかほわーっとしますし」
しばらくすると、たくさんご飯食べたせいか体が熱くなってきた。燈馬君の顔も赤くなっている。私はその時知らなかったのだ。その時とったカクテルがノンアルコールではなく、ほんのりだけれどアルコールが入っていたことを。
夕食が終わり、それぞれカップルたちは夜のリゾートを歩きだした。私たちもコートを羽織って、湖畔を散策することにした。コテージは綺麗にライトアップされ、湖や森も幻想的な雰囲気だ。今夜は満点の星空。湖には星空が写りこんでいる。
「うわー、燈馬君、きれいだね」
「ええ、素敵ですね」
「えーもう、相変わらずリアクションうすいなあ」
「じゃあなんて言えばいいんですか?」
「水原さんの瞳のほうが輝いていますよ、とか言えないの?」
「そんな恐ろしくベタで寒いこと言いたくないです。今だって寒いのに」
「ちぇっ。つまんない男」
「なんとでも言ってください」
相変わらずそっけない燈馬君。まわりには腕を組んでおしゃべりしているカップルだらけなのに、ちょっとさびしい。私たちはしばらくベンチに座って、湖と星空とが織りなす幻想的な光景に見入っていた。
「くしゅん。さむっ」
「水原さん、そろそろコテージに戻りましょう」
「えー。もうちょっと湖と星空を見ていようよ〜」
「風邪引いても知りませんよ。水原さん、実は優から水原さんにプレゼントを預かっているんです。だから、コテージに戻りましょう」
「え、うそ、本当に? もっと早く言ってよ、燈馬君」
「そういうと思っていたのですが、優が夜渡せって」
「? ふーん」
「はい、水原さん。優からのプレゼントです」
「ありがとう」
燈馬君は私に茶色い袋を渡す。中には、ああ、チョコレートだ。ほかにもいろいろ小物類が入っている。
「友チョコと、ボストンやカナダ旅行で手に入れた雑貨だそうです。水原さんに『愛しい可奈へ、愛してる』って伝えてくれって」
「あはは、優ちゃんらしいや。あれ、メッセージカードも入っている。ええと…ええっ?」
「水原さん、どうしたのですか?」
「な、なんでもない。何でもないからっ」
「? そうですか」
あっぶなー。それにしても優ちゃん、なんてことを! 何を考えているのだろうあの子は。私はメッセージの内容を思い出して、顔を赤くした。
「さて、水原さんお風呂に入ってきてください」
「えー。まだここにいたーい」
「じゃあ僕先に入りますからね」
「おっけー」
この時は全然気づいていなかったのだが、アルコールと暖房でとろーんとしていた私は全然動く気になれなかった。燈馬君もちょっとよろけてコテージに備え付けの露天風呂へと消えていった。