偏った書庫

□二人、じゃなくても。
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「緒方さん、今年は二人で過ごせないかも知れません。」

二月も中旬に差し掛かった頃。
車で俺の家に向かう道すがら、突然アキラがそう言った。

別れ話か?

俺がそう聞くと、慌てた様子でそれを否定した。

「違いますっ!…その、14日のことです。ちょうどお父さん達が帰ってくるから…。」

「あぁ、そういうことか。」

父であり師匠である塔矢行洋が帰ってくる。それだけでアキラがどうしたいのか、またどうすべきなのか、今更言わなくったって分かる。
できるだけ一緒に居て、できるだけ打つ。
俺だって先生が日本にいらっしゃるうちは許される限り打ちたい。
それは碁打ちなら皆、分かりすぎるほど分かる筈だ。
そんな申し訳なさそうな顔してあやまらなくても。

「そんなこと気にするな、思う存分打ってもらえ」
「うん…。」
「たまには俺にも打たせてくれよ?」
「はい!」
「いい返事だ」

そう言って信号待ちの間に頭を撫でてやると、擽ったそうに首をすくめて微笑う。
こんな奴が悪寒がするような鋭い手を打つんだから参ってしまう。
「じゃあ今日は数日分相手してもらわないとな。」
「いいですよ、何局でも!」
「いや、それだけじゃなくて…。」
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