偏った書庫

□真ん中。
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緒方さんが、手に怪我をした。


「いや、何てことないよ。ちょっと手首をひねっただけだ。」

「何て不注意な!あなたは棋士なんですよ!?」

しばらく顔を合わせていない間に風もすっかり冷たくなり、僕達はリーグ戦に追われていた。

確かに、対局に要する時間は1日という時間に照らし合わせれば一部に過ぎないのかもしれない。
しかしその「一部」に、一手一手に、今まで積み重ねた歳月を乗せるには暇や余裕など無い。
挑み、飲み込み、血肉とし、指先から返す。
1日と言う時間など、瞬きに過ぎない。


それはお互いがお互いに言い聞かせる、弁明かも知れないけれど。

本当の所は、一瞬も休まずに鍛錬や集中できる人間なんていない。
ふと糸が切れると、


会いたい
声が聞きたい
触れたい

そんなことが頭をかすめて、情けない自分を奮い起たせる為に、
相手を遠ざける為に弁明を繰り返す。

そんな事をしている暇は無い筈だ。
時間が無い時間が無い。
神の一手を極める為には、一生と言う時間でさえ瞬きだ。


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