novel

□†電話
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時間帯を考慮してあまりうるさくならないようにバイクを動かす。毎日乗っているだけに難なくエンジンは動き出した。

湿度の高い空気は不快に肌にまとわりつく。しかしそれも数分後には薄れ、逆に夜風に冷えた汗が肌寒く感じる。グローブをしない手に空気が滑る感覚を心地良く思いながら、手前に見えた信号を左折する。そのまま真っ直ぐに進むと彼女の住むアパートが見えてきた。

アパートの手前でエンジンを切る。着いたことを知らせようと携帯を取り出すと、小さく階段を降りる音が聞こえてきた。

「音で、分かった」

街灯の白い光に浮かび出された彼女は微かに笑いながら呟いた。
深夜のツーリングは初めてではない。俺が注意した通りに彼女も暑いと文句を言いながら長袖のパーカーを羽織っている。その手に小さめのジェットタイプのヘルメットを渡す。いつしかこのメットも彼女専用になっていた。

彼女が乗りやすいように歩道の段差のある場所へと移動する。車体が少し傾き、そして彼女の体重の分沈む。それを感じながら

「乗ったか?」

と確認する。

「うん」

そう答えながら回される彼女の細い腕が俺の腰に巻き付いた。

「じゃあ行きますか」

言いながらウィンカーを出して走り出す。目的地は決めていない。なんとなくでいいんだ、そんなもの。


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