SS

□琉稀の欲しいもの
3ページ/7ページ


少し苛立ったような口調で言う沙稀に、ハイプリーストは小さく謝った。

「すみません。俺にはこの人の素性が分かったもので」
「…え?」

状況が理解できずに、譜迩は間の抜けた声を出す。
素性が分かった、とは一体どういうことだろうか。譜迩は住んでいる場所は愚か名前でさえ口に出していない筈だ。何故このハイプリーストに自分の素性が分かったりなどするのだろうか。
教会に住んではいるが、このように容姿の整ったハイプリーストが教会にきたことがあるのなら絶対に覚えている筈だ。

「貴方は、桜譜迩さんでしょう? 俺はカイン・ハーヴァイルといいます」

ハイプリーストはそう名乗って微笑んだ。

「…譜迩、だと…?」

壁に寄り掛かって辺りを警戒しながらこちらの話を聞いていた沙稀が、譜迩に視線を向ける。
射る様な紫色の瞳。
よく見れば纏っている黒衣はアサシンクロスのものだった。
今更ながら全くの別人だという事に気がつく。

「な、なんで俺の名前を…?」

全く事態が把握できない。
一体この二人は何者なのだろうか。

「はははっ、やっぱりそうでしたか」

カインと名乗ったハイプリーストは黒髪に映える紅い瞳を細めて嬉しそうにそう言うと、譜迩の驚いた顔を覗きこんでくる。

「貴方が間違えるのも無理はありませんが、琉稀さんはもうちょっとこう…かっこいい体つきしてると思いますよ? 沙稀はどちらかというと少しひんじゃk…」
「……」
「…いえ、なんでもありません」

そう言いながらカインは沙稀を振り返るが、黙って聞いていた沙稀の眼が僅かに剣呑な光を秘めていた事に気付くと言葉を飲み込んだ。
遅ばせながらその言葉の中に入っていた人物の名前に、譜迩は思わずカインの腕を掴む。

「る、琉稀を知ってるんですか!?」

いままで殊勝にしていた譜迩が突然声を上げた事に驚いたのか、カインは眼を何度か瞬かせた後先程と同じ様な笑顔を浮かべた。

「ええ、勿論知ってますよ? だって、沙稀の弟さんですから」
「え…?」

譜迩は言われた言葉の意味が瞬時に理解できずに、また間抜けな声をあげてしまう。
沙稀、とは、先程カインがあのアサシンクロスを呼ぶ時に使っていた名前だ。
沙稀の弟というのは琉稀で、それならば…

「る、琉稀のお兄さん!?」

驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまった。
琉稀に兄がいるなどという話は全く聞いていなかったのだ。
譜迩は思わずまじまじと沙稀の姿を見てしまった。

顔はマスクで半分隠されているものの、眼は琉稀よりも鋭く、綺麗なアメジスト色をしている。髪は琉稀よりも少し長めで、淡いプラチナブロンドだ。
身長はそれほど変わらない様に見えるが、先程カインが言っていたように琉稀よりは体の線が若干細い様な気もする。

「…沙稀、マスク取ってあげたらどうですか?」

カインがそんな譜迩の様子を見て少し悪戯な笑顔を浮かべて沙稀に言った。
秀麗そうな眉がピクリと跳ねる。

「これから付き合いがありそうですし、ちゃんと顔くらいは…」
「…あまり、明るい時に顔を出したくないんだが…」

そう言いつつも、沙稀は不機嫌そうに眉を潜めたままマスクに手をかけた。

「これでいいか」

マスクが取り去られクリアになった声を聞けば、それは琉稀のよりも少しばかり掠れたトーンの低いもの。
薄い唇から紡がれるそれに、思わず胸が跳ねる。
表情のない貌は何処か無機質で、人形の様に整っていた。
琉稀もそうとう容姿が整っているとは思っていたが、沙稀は流石琉稀の兄というだけあってかなりの美形である。
けれどそれは決して手折れそうな儚さではなく、例えるなら研ぎ澄まされた刃物の様な美しさだ。
カインといい、沙稀といい、これ以上もなく容姿の整った二人を前にしてどう言葉をだしたらいいのだろう。

「…何か付いてるか?」

言葉もなく凝視されて怪訝に思ったのか、沙稀は思わず自分の頬に手を当てて呟く。
それを見たカインが堪え切れなかったという様に吹き出した。

「沙稀が難しそうな顔してるからじゃないですか!」
「…うるさい。どういう顔をしていいのかよくわからんだけだ」

眉間に皺を寄せて険しい顔をしているものの、声はそこまで変えずに沙稀が言う。
カインはそれを笑顔で受け流すと、譜迩に向かってこう言った。

「譜迩さんは琉稀さんをお探しですか?」
「え…ええ、まぁ…でも…」

沙稀を琉稀と間違えて追いかけたのだ。
琉稀を探している事には違いないのだが、先程はつい気が動転して沙稀を追いかけてしまったが、考え直してみれば琉稀を見つけたところで聞きたい事は口を出てきてくれそうにはない。

「別にこれといった用があったわけじゃないんです」

譜迩は困ったような笑顔を浮かべてカインに言った。

「…そうですか」

その笑顔が違和感のあるものだと気付かないカインではない。
カインは背後に立っている沙稀の様子を窺った。
今日は別段用事があったわけではない。今後の仕事の為に必要なものを買い出しに来ただけだ。時間は無いわけではなかったが、昼間の行動を好まない沙稀をこのままここに居させる事は少々気が引ける。

「譜迩さん、よろしければお茶でもしませんか?」

カインのは沙稀に目配せしてからそう言った。

「え…? で、でも…」

今会ったばかりの人物にそんな事を言われても戸惑ってしまう。
譜迩は人見知りをするような性格ではなかったが、いきなり会話の話題もない二人を相手にどうしろというのだろう。

「ああ、別に無理にというわけじゃありませんよ?」

譜迩が戸惑っている事は、ころころ変わるその表情を見ていれば誰にでもわかるものだ。
カインは苦笑してそう言ったが、譜迩ははっとしたようにカインの顔を見た。
沙稀は琉稀の兄である。それならばきっと琉稀の好きなものだとか、欲しいものなどが分かるのではないかと思ったのだ。

「いえ、お邪魔でなければ…」

恐る恐ると言った感じで口に出せば、カインはにっこりと嬉しそうな頬笑みを浮かべて譜迩の手を取った。

「じゃあ決まりですね! 俺たちの使ってる店があるんです。まだ開店前ですが、気にしないで下さい」

カインはそう言うと、譜迩の手を掴んだままワープポータルの呪文を唱える。
足下に現れた次元の歪みに、先に脚を踏み入れたのは沙稀だった。
続いてそこへ促され、譜迩も脚を踏み入れる。
暫くの浮遊感の後、眼を開けるとそこには潮風の漂うイズルードの町が広がっていた。

「ちょ、ここイズじゃありませんか! ちょっと歩けば済んだのに…」

譜迩は慌てて後ろを振り返ってそう言ったがが、カインは、ははは、と軽く笑う。

「沙稀は人ごみが嫌いなんですよ」
「そ、そうなんですか?」

言われた言葉に少し前を歩いていた沙稀を見たが、沙稀は何も答えない。
琉稀とは違ってあまり口数の少ない沙稀は肯定の場合口を開く事は無いが、初対面の人間にはそれが分からない為とっつきにくい部分がある。
譜迩も例にもれず、何も言わない沙稀の機嫌が悪いのは自分の所為ではないのかと思ってしまった。

「気にしないで下さい。間違った事を言えば口をきいてくれますから」

気落ちした譜迩の気配を呼んだのか、カインがその肩を叩いて優しく言う。

「…すみません、俺が変な事を言ったのかと…」
「…あまり、喋るのは得意じゃないんだ」

不意に歩みをとめた沙稀が振り返って譜迩に言った。
いつの間にかマスクをつけなおしていた沙稀の紫色の眼が静かに譜迩を見下ろしている。
よく見れば、それは穏やかな光を灯していて、とても機嫌が悪そうには見えない。

「は、はい…すみません」

反射的に謝罪の言葉を述べれば、沙稀の眉間に困ったような皺が寄る。





.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ