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□琉稀の欲しいもの
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勢い余って教会の外まで走り出た譜迩は、庭先で息を整えていた。

「はぁ…エリザさん、やっぱり怖いなぁ…」

乾いた苦笑を浮かべて、譜迩は少しばかり雲雪の妖しい空を見上げる。

「あ〜…手袋忘れた。今日も寒いなぁ…」

そう呟いて、はぁ、と白い息を両手に吹きかけた。
さて、探し人は捕まるだろうか。

―wisすれば何処に居るかすぐ分かるんだけど…でもなんか面と向かって訊くのもなんか恥ずかしいよな…企んでるのバレバレっていうか…―

少しの間考えたが、踏ん切りは付きそうにない。

―誕生日もまだ用意してないし、取りあえず街で何か探してみようかな…―

そう思い、譜迩はプロンテラのメインストリートへと脚を運ぶ事にした。


首都では様々な街から商品が集まる。
余程の特産品でない限り、珍しいものは大体集まってくるのでわざわざ遠出しなくても欲しいものを探す事は簡単だった。
けれど、その数多い店の中から決まらないものを探すのは非常に困難である。
候補はいくつか見つけていても、いろいろ探しているうちに無くなっている場合も多いのだ。

「…う、やっぱりいいものは高いよなぁ…」

アサシンの商売道具であるカタールやジュルなどは既に持っているかもしれないし、装備品にしろ琉稀が使っているものはどれも上級品。
カードにしろ何にしろ、譜迩の持ち合わせでは倍にしても手に届かない商品ばかりだ。

「おーい、何してんだ?」

様々な装備品が並ぶ露店の前で頭を抱えていると、ふと聞き覚えのある声が譜迩の鼓膜を揺さぶった。

「…どれもお前じゃ装備出来ないもんばっかり見て百面相か?」

いつの間にか隣に立っていた金髪のブラックスミスがやや訝しげな眼で譜迩の顔を覗きこんでくる。

「や、やだなぁッ! リク兄こそなんか変な顔してるけど?」

嫌なところを見られた、と譜迩は慌てて手を振るが、リクと呼ばれたブラックスミスはぶすっとした表情のままだった。

「…ろくでもねぇこと考えてんだろ…。つーかさぁ…ここにあるのはアサシン専用の装備が多いみたいだなぁ…?」

一通り商品を眺めたリクが機嫌の悪そうな笑顔を浮かべて譜迩に言う。
完全に譜迩が考えている事がばれた様だった。

「良いじゃないか別にッ…俺が何を買おうと俺の自由でしょッ?」

自棄になって声を上げれば、リクはぴくりと眉を跳ねあげて言葉を飲み込む。

「た、確かにそうかもしれないけど…、お前の財布じゃ到底無理だろうが! 全財産つぎ込もうってならやめとけ!」
「う、うるさいなぁ! それも俺の勝手でしょ!」
「なんだと…ッ!? お前、人が心配してやってんのに…ッ!」

譜迩が刃向って来るなど殆どない現象であるため、リクは驚いた様だったがここで喧嘩を起こすのも大人げない。
なんとか譜迩を落ち着かせようと言葉を探していると、

「…その装備、売ってくれないか」

二人の隣に現れた人物が、並べられた商品の一つを指さして言う。

「え…?」

その声に、譜迩は思わず振り返った。
抑揚のない声は口元を覆うマスクによって少々聞き取りづらかったが、確かに譜迩が知っている声に似ている。
見上げるほどの身長。
この人は…。

「…ありがとう」

隣に立っていた男は商品を受け取るとその場を去っていく。

「ちょ、ちょっと…!」

譜迩は思わずその背中に声を掛けたが、男は振り返ることなく雑踏の中に消えて行ってしまった。

「待って!」
「おいコラ! まだ話は終わってねぇンだぞ!」

背後でリクが声を上げたが、それを聞き入れる余裕もなく譜迩はその場を掛け出す。
街を歩く人々を掻きわけ見失いかけた背中を見つけたが、男の脚は思ったより早い。

「くそ…速度増加!」

移動スピードを上げて見失わない様に男の背中を追いかけた。
路地に男の姿が消える。
見間違えでなければあれはきっと自分が探そうとしていた人物の筈。
けれど何故、あそこに譜迩がいた事に気付かなかったのだろうか。おまけと言っては失礼だがリクも居たというのに。

男が向かった路地を曲がると、その先には建物に挟まれた細長い道が続いていた。

「あ、あれ…?」

いくら男の足が速いとはいえ、自分も男が曲がってからすぐにこの道へ向かった筈だ。この距離なら例え曲がってから走ったとしてもその背中くらいは見える筈。
しかし、そこに男の姿は無かった。

―…間違えたのかな?―

怪訝に思いながらも、自分の眼を疑わざるを得ない。
引き返そうと踵を返した瞬間だった。

「…貴様、何者だ?」

振り返った瞬間に、喉元に当たる冷たい感触。
思わず唾を飲み込んだが、触れた刃物の切っ先に体が石の様に動かなくなってしまった。
背後には何の気配も感じなかった。
けれど、この冷たさは錯覚ではない。
完全に気配を消した人物が背後に居る。
けれどこの声は…。

「…何故俺を付けた?」

よく知っている筈の声が、今は全く別人のもののように感じる。
探し人は、琉稀はこんなに冷たい声をだすような人間じゃない。
それとも、譜迩の知らない場所ではこういった声も出すのだろうか。例えば、そう、“仕事”をしている時は。
声はこちらの身動きまで奪ってしまうほどの圧力を伴っているのか、譜迩は声一つ出す事が出来ずにただ身を強張らせている事しかできない。

「答えろ。でなければ…」

声とともに、ぐ、と刃物が喉に押し当てられた。
冷たい汗が頬を流れ落ちる。
このままでは、殺されて…

「その辺にしてください。脅えてるじゃないですか」

絶体絶命を感じた瞬間、背後から別の声がした。

「その程度で動けなくなる人間が貴方を尾行するとは思えません」

もうひとつの声が柔和な響きでそう言うと、刃物を構えていた男の手が緩む。緊張で突っ立っていた譜迩は思わずその場にへたり込んでしまった。
無意識に首を触ってみたが、そこには何の傷跡も残っていない様だった。

「…お前の言う通りかもな。変に警戒しすぎたようだ」

恐る恐る顔を上げれば、そこに立っていた人物が譜迩を見下ろしている。
一人は先程譜迩が追いかけていた男で、もう一人は黒髪のハイプリーストだった。

「大丈夫ですか?」

黒髪のハイプリーストが、へたり込んだままでいた譜迩に向かって手を差し伸べてくる。
一瞬戸惑ったが、譜迩は伸ばされた綺麗な手に自分の手を差し出すと、ハイプリーストはその腕を引っ張った。

「すみませんでした。この人、昼間の行動はあまり得意じゃないんですよ」
「…余計な事を言うな」

ハイプリーストが謝罪の言葉を述べたのをよく思わなかったのか、男は眉間に皺を寄せて低い声を出す。
譜迩はそんな男の様子に違和感を感じずにはいられなかった。
声こそは似ているものの、その態度や声に含まれる感情はまったく譜迩の知っている人物とは違う。
やはり、この男は譜迩の探していた人物とは違うのだ。

「…いえ、こちらこそすみませんでした。ちょっと知り合いに似ていたもので…」
「え?」

譜迩は乾いた笑いを浮かべてそう言う。
するとハイプリーストは後ろに立っていた男を一瞥してから、もう一度譜迩へと視線を戻した。

「似ているって、沙稀に?」

沙稀、とはきっと譜迩が追いかけていた男の名前だろう。
譜迩はそう解釈すると、視線を下げたまま頷く。

「…無暗やたらに俺の名前を出すな」





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