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□琉稀の欲しいもの
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目の前に立っている桃色の髪をした綺麗な女は、少しばかり怪訝な表情で譜迩を見た。
「チョコレートの作り方を教えてくれですって?」
「う、うん…エリザさん、そういうの得意でしょ?」
エリザと呼ばれた女は、訊き返した言葉にそう答えた譜迩にふぅと軽く溜息をつく。
「…どうせ琉稀に渡そうとか考えてるんでしょ」
「え…えッ!? べ、別にそう言うつもりじゃ…ッ」
あまりにも的確に図星を突かれた為、言い返す言葉も見つからない。
なんとか言葉を口に出せたものの、この狼狽した態度では肯定しているに他ならなかった。
「アンタねぇ…見え見えなのよ」
腕を組んだエリザは呆れた表情で譜迩を見ると、キッチンに並べられている材料を一瞥する。
「…教えてあげてもいいけどね、アンタ言われなかった?」
「…言われましたけど…」
何を言われたかと言えば、いつかのバレンタインの事だ。
「確かに、チョコレートはもういらないって…」
譜迩はその事を思い出して少し項垂れる。
その時は男の自分では全く気付かなかったバレンタインのチョコレートを、琉稀から貰ってしまった。
その際、譜迩にとって重要な事も一つ教えてもらっていたのだ。
『今日、俺の誕生日なんだよね』
何も当日に、しかも自分ではバレンタインのチョコレートを用意してからそんな事を言われてしまったらもう譜迩にはどうすることもできなかった。それに付け加えて誕生日プレゼントも、不本意に貰われてしまったのだ。
「今年は、ちゃんと用意しようかと…でも俺料理はやった事あってもお菓子作りって経験が無くて…」
琉稀はもうチョコレートは要らないと言ったけれど、それでも一応はバレンタインだ。
それならば今年こそは準備しておかなければならない。
譜迩はそう思ってエリザに相談をしたのだが。
「アンタの気持ちはわかったわ。一応琉稀に“バレンタインの贈り物”をしたいわけね? 誕生日とは別に」
流石女性である。
譜迩の気持ちはよくわかっている様だ。
しかし男の自分が女と同じ様な感覚になっている事に少しばかりむず痒い感じもしたが、自分の立場は似た様なものだと思えばどうしようもなかった。
「琉稀の好きなものとか、知ってますか?」
何だかこの質問をするのは非常に悔しかったりする。
エリザは琉稀と同じギルドに居る分譜迩よりも一緒に過ごしていた時間は長い筈だ。
そう思っての質問だったのだが、エリザが女性だというだけで感じるこの劣等感は何だろう。
「…アンタ、それを私に聞いて悔しくないの?」
すっと眼を細めたエリザが何故が少しばかり怒っている様な気がするのは気のせいだろうか。
譜迩は思わず少しだけ後ずさった。
「え…っと…それはどういう…?」
苦笑いを張り付けた顔で言えば、エリザが腰に手を当てて譜迩を見下ろす。
「アンタねぇ! 私は琉稀の事なんかこれっぽちも気にならないから全然良いんだけど? でも、それを私に訊く事が悔しくないのかって言ってるのよ! 好きな人の好きなものを一緒に居るからって女に訊くわけ!?」
「…っ、す、すみませ…」
「謝れば気が済むの!? アイツの好きなものなんて私が知るわけないじゃない! 自分で聞いてきてからにしなさいよ!」
エリザは口から火を吹きそうな勢いでそう言うと、綺麗に整えられた爪で入り口を指さした。
さっさと訊いて来い、という合図だろう。
「は、ハイッ…!」
譜迩は思わず状景反射的にキッチンを飛び出した。
「…もうホンッッッッットに馬鹿なんだから!」
誰もいなくなったキッチンにエリザの怒りが迸る。
言ってから、エリザは小さな溜息をついた。
「…でも、私なんかにはそんな勇気ないんだけど…」
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