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□‐WISH‐
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[ったく、いい日和だってのにとんでもねぇ事してくれる奴が居るもんだぜ]

楓は頗る嫌な顔をしながら、寄ってきたモンスターを愛用のグランドクロスで殴りつける。

[ホントだよね〜、こっちは結構シビアなスケジュールだってのに…]

そんな楓の言葉に、朔夜が間の抜けた様な声で答えた。

[琉稀ちゃん、こっちは全然余裕だけど、そっちはどう?]
[今のところ問題ないっすね]

ギルドチャットで会話をしながら、琉稀はあぶれてきたモンスターを撃滅する。

琉稀が居る場所は、激戦区よりも少し離れた場所だった。
琉稀の脇をすり抜けて、怪我人が後方へと担がれていく。
どうやら、自分の居る場所よりも少し後方で救護が行われているらしい。

[まぁ、これ以上被害が拡大しない様に食い止めますよ]
[何かあったらすぐ言えよ?]
[はいはい、了解]

楓が気のない様子で言うのを、同じく気のない様子で受け流しながら琉稀はそう答えた。

[……マスター、こちら援護をお願いします]
[おう、今行く]
[おいアバズレ女、貴様今鷹が俺の髪を食ったぞ! いい加減にしろ!]
[なんやのド変態ナルシスト男! あたしのミシェットがアンタみたいなんの髪なんか食う訳あれへんやろボケェ!]
[なんだと!?]
[アンタの座高が高いだけとちゃうの!?]
[貴様ぁああああ!]
[うるせぇ! いちいちギルチャで喋んじゃねぇ!]

其々交戦している場所はちがうものの、テロの終息を目指して戦っている。
このまま、もうそろそろ落ちつく頃だろうと見込んだ時だった。

「…おいおい、嘘だろ…?」

琉稀は、近くで応戦していたハンターの体が地面に倒れ伏すのを見て慌ててそちらに眼をやり、思わず呟く。
ある一か所から、突然モンスターがわき始めたのだ。

「じょ、冗談きついぜ…」

BOSSモンスターこそ見当たらないものの、こんな数を一気に相手に出来る訳が無い。琉稀は頬を嫌な汗が流れ落ちるのを感じながらそう呟く。

[琉稀ちゃん、こっちはそろそろ片付きそうだけど、そっちはどう?]

そこに、手が空いたらしい朔夜のチャットが入った。

[い、いや、こっちはやばそう…]
[もう少し待ってくれ、今そっちに向かうから…]

琉稀の返答に更に答えたのは楓だった。

[すぐ向かう。それまで踏ん張ってて]

朔夜はいつになく真剣な声でそう言う。

「踏ん張れって言っても…っ」

琉稀は群がってくるモンスターを回避しながら何とか応戦するが、徐々に後ろに下がらざるを得ない状況だった。
このまま後退すれば、後方にモンスターを連れ込む事に他ならない。
それだけは何としても避けなければ…。

「くそ、いい加減にしろよお前らぁああッ!!」

琉稀は叫びながらモンスターの群れの中に駆け込んだ。

どれくらい応戦しただろうか。
然程時間が立っている様には思えなかったが、何分モンスターの数が多すぎる。
武器を握る手が痺れてきた。
もう、回復剤の残量が無い。
それに加え、グリムトゥースを放つSPどころか、クローキングさえ使えない状況だった。
脇腹の裂傷が、酷く痛む。
僅かに出来た隙に、足元を掠めた一撃で体勢が崩れた。

「…っ!」

『大丈夫だって、俺がそう簡単に死ぬわけないだろ?』

そんな事を言ったのは、誰だったか。思い出して、苦笑した。
モンスターが一斉に攻撃を仕掛けてくる。
それが、まるでスローモーションのように見えた。

「…ごめん、…」

名前を、呼べたかどうか。
もう琉稀にはわからなかった。






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一瞬誰かに呼ばれた様な気がして、譜迩は辺りを見渡した。

「おい、こっちは重症だ! 早くしてくれ!」
「は、はい!」

そんな譜迩に向かって、怪我人を運び込んできた男が怒鳴る。
譜迩は休む間もなく呼ばれ、目まぐるしく動き回った。
こんなに怪我人が出るなんて、どれだけ多くの枝が折られたのだろうか。
もともと南門周辺は特に露店が多く出ている場所である。
こんな場所で大量の枝を折られたら…。

琉稀は、大丈夫だろうか…?

ふと、胸中に先程の不安が蘇る。

『大丈夫だって、俺がそう簡単に死ぬわけないだろ?』

そう言って笑った琉稀の顔が鮮明に脳裏に蘇った。

刹那―…

「おい、おいしっかりしろ!!」

運ばれてきた担架に、必死で声を掛けながら走る金髪のプリーストの姿が見えた。
時より見えるのは、彼が何度も何度もその担架に乗せられた人物に掛けるヒールの光だろうか。

横たわる人物の姿は、黒装束。

気付けば、譜迩はその光景に眼が釘付けになってしまっていた。

所々赤黒い血に染まっているものの、運ばれていく人物の髪の色は間違いなく、銀色。

まさか…。
一瞬嫌な予感が胸を締め付けた。
そんな筈はない。
琉稀がこんなところに来るはずなどない。
徐々に胸に広がっていく嫌な予感を払拭しようとした瞬間だった。

その光景が、まるでコマ送りの様に譜迩の眼に焼きついたのは。

担架からだらりと落ちた左腕の中指に、淡く光る金色の指輪。

譜迩は瞬きも忘れてその指輪を凝視する。



『本当は此処につけたいんだけどね…少し緩いから』

そう言って一度は薬指にはめてくれた指輪を、彼は中指に移し替えたのだ。

『無くしたら、俺死んじゃうかもしれないからねw』

冗談混じりの科白と共に。



間違える筈はない。
あれは、譜迩が自分の手で作ったものだ。
自分の手で作って、彼に、琉稀に、あげたものだ。

「うわ、ありゃ…ダメかもしれないな…」
「ああ、あれで助かったら奇跡としか…」

その様子を見ていた人々が口々にそういう。
そんなに酷い状態なのか。
譜迩は視界が真っ白になる様な心地で、思わず「琉稀」と震える声で口に出そうとした。
が―…。

「い、いたいよぉ…」
「!?」

譜迩ははっと我に帰る。
自分の視線の下には、小さな子供が横たわっていた。

「ご、ごめんね、すぐに治してあげるから…!」

慌てて少年にヒールを掛ける。
あまりの事に気が動転して少年の手当が遅れてしまっていたのだ。

見間違えだ。見間違えに決まっている。と何度も脳内で繰り返し譜迩は震える手で少年を介護した。
手作りだとは言え、そんなにこったデザインでもなかったしきっと似た様な指輪だったのだ。
それに遠目だった。
同じ色をした指輪などこの世界中に沢山ある。
余計な想像はもうやめよう。
このままでは、傷ついた人達を救護なんて出来たものではない。
こんな時だというのに、妙に冷静な自分がおかしかった。

その後はただただ機械の様に運び込まれてきた人々の救護だけを繰り返し、気付けば日は既に西へ傾いている状態だった。

譜迩が放心状態でその場に座り込んでいると、いつの間にか傍らに座っていたリクが心配そうに顔を覗きこんでくる。

「…大丈夫か?」
「……」
「おい、譜迩…?」

声を掛けるも、譜迩は何処か虚ろな目で虚空を眺めているだけ。

「譜迩、おい、しっかりしろ!」

シビレを切らせたリクは、譜迩の両肩を掴むと少々乱暴に揺らす。

「…え? あ、リク兄…どうしたの?」
「…どうしたの、じゃねぇよ…」

少し前から此処に居たというのに、漸く自分の存在に気付いた譜迩にリクは大袈裟な溜息をついた。

「全く、疲れてるのはわかるけどよ…」

呆れた様な表情でいうリクの顔には、少しばかり困惑の表情が滲んでいる。
何かを言おうとして言えないでいる様な顔つきだった。

「どうかしたの…?」

そう訊いたものの、どうかしてるのは自分の方だと譜迩は思う。
余計な事を考えてしまっているのは自分の方だ。
ありもしない事を…。
脳裏には先程の映像が何度も何度もフラッシュバックしている。
悪い想像はやめよう。
譜迩はそう思い、立ち上がった。

「みんなつかれてるだろうから、早く帰ってご飯の支度しないとね! リク兄も手伝ってよ?」

譜迩は努めて明るくふるまうと、そんな譜迩を怪訝な表情で見ているリクをそのままに教会へと足を向けて歩いて行く。
そんな譜迩の姿を、リクはただただ見ている事しかできなかった。

「……なぁ、本当に大丈夫かな、アイツ…まさかアレを見たんじゃ…」

リクは遠ざかってゆく譜迩を見つめながら、傍に居たカイトに向かって呟く。

「お前にも気づいてなかったみたいだし…」
「…恐らく、見たんだろうな…。必死で否定している様だった…」

カイトは苦虫を噛み潰したかのような苦渋に満ちた表情でそう言った。

「俺も、見間違いだと思いたいぜ…でもありゃ…」
「…行こう」
「あぁ…」

これ以上はどんな詮索をしても無駄だ、と言いながら、カイトは居た堪れない表情で佇むリクの肩を押す。

「…譜迩を泣かせる事があったら、許さなねぇって…言ったのに…」
「……」

リクの科白の最後は、不自然に震えていた。









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