SS

□‐WISH‐
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茹だる様な暑さが執拗に体力を奪う。
譜迩は無意識に太陽が照りつける空を仰いだ。

「大丈夫か? 少し休憩でもする?」

前を歩く琉稀は立ち止まると、体半分だけ譜迩に向けてそう言う。
譜迩は緩く頭を振った。

「大丈夫だよ…、」

そう言った自分の声は自分でも驚くくらい疲労の色が混じって、笑おうとした顔も引き攣っている様な気がする。
そういうのに敏い琉稀の事だ。いくら譜迩がここで大丈夫だと言うともきっと言う事を聞いてくれないだろう。

「…自分の体の具合くらい自分でわかっててくれないと困るんだけど」

はぁ、と呆れた様な溜息をついて、琉稀は近くにあった水辺の木陰に腰を下ろすと、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
此処に座れ、という意味だと理解した譜迩は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、少しばかり琉稀の表情が険しくなったのを確認するとしぶしぶそこへ腰を下ろす。

「無理しないでいいよって、言ってるでしょ…」

木陰に入れば、照りつける太陽が遮られて微かにそよぐ風が心地いい。
琉稀は木に体を預けてそう呟いた。

「でも…」

譜迩は頬を流れる汗を手の甲で拭いながら、腑に落ちない表情で琉稀を見る。

「でも、俺は…」
「ストップ」

言いかけたところで、琉稀が譜迩の唇に手を当てた。

「…待ってるって、言ったでしょ」

じっと見つめ返してくる、蒼い瞳。
譜迩はそこから目が離せなくなってしまった。

「俺は、お前がちゃんと99になるまで待ってるって言ったよね?」

疑ってんのか?と、その蒼い眼が言う。
譜迩は口を塞がれたまま首を横に振った。

琉稀の所属しているギルドは、一般市民から請け負う仕事の他にも何やら難しい仕事を沢山こなしている。
そんな場所に居るのだから、琉稀が譜迩よりも早くレベルが上がってしまうのはどうしようもない事だった。
譜迩はなんとか琉稀に追いつこうと必死だったが、それでも一足早く琉稀は99レベルに達してしまったのだ。
ここまでくれば、ヴァルキリーの元で新たな生を受ける資格を貰う事が出来る。
琉稀のギルドには、転生を果たした者がたくさんいる。そんな場所で仕事をするには琉稀も早々に転生を果たした方がいいに決まっている筈だ。
けれども、琉稀は譜迩にこう言った。

『お前が転生できるようになるまで待ってやるから』

その言葉が、どれほど嬉しかった事だろう…。
しかし同時に、同量のプレッシャーが譜迩の肩に乗りかかった。

自分が早く転生できるレベルに達しないと、琉稀が何時まで経っても転生できない。

「焦らなくても大丈夫だよ」

琉稀はくすっと笑うと、漸く譜迩の唇から手を離す。

「ちゃんと待っててやるから」

そう言って、琉稀はぐしゃぐしゃと譜迩の頭を撫でた。

「…でも、さぁ…」

自分が頑張ればいい事なのに、琉稀も絶対に早く転生したい筈だ。
そういう思いはどんなに優しい言葉を掛けてもらったところで、そう簡単に消えはしない。

「うるせぇなぁ…お前は俺の言う事聞いてればいいんだよ」

うじうじと考え、両腕で抱えた膝の上に顔を乗せた譜迩に、琉稀は面倒くさそうな溜息をつく。

「それに、転生したら他のみんなと同じくらい酷い仕事もしなきゃなんなくなるし、それまでだらだら過ごしたっていいでしょ…」

琉稀はぼんやりと遠くを見ながらそんな事を呟いた。
その科白に、少しばかり心が軽くなった様な気がする。
譜迩は思わず吹き出してしまった。

「確かに、琉稀は仕事嫌いだもんね」
「…うるせぇな。そう言われるとなんか、ムカつく…」
「本当の事だしw」

膝の上に顔を乗せたまま琉稀の方を見れば、苦虫を噛み潰したようなしかめっ面。

「…そういうことだから、気にしなくていいよ」

もう一度諦めた様な溜息をついて、琉稀は譜迩にむかって苦笑する。

「うん…ありがとう」
「おう」
「…ねぇ琉稀?」
「なんだよ」

問いかければ、少し面倒くさそうに琉稀が譜迩を見た。

「たまには他の場所に行かない? ピラ地下ばっかじゃ飽きるでしょ」
「…まぁ確かに…」

そう提案すれば、琉稀は考え込む様な仕草で空を見上げる。

「だからって、どっかウマい場所でもあるわけ?」
「…別に、そんなのどうでもいいよ!」
「そうなの?」

経験値は確かに欲しかったけれど、それよりもこの鬱々とした気分を晴らしたい。
譜迩は訝しげに首を傾げる琉稀を横目に勢いよく立ちあがると、

「取りあえず、プロンテラ帰ろうか!」

そう言ってワープポータルの呪文を唱えた。
足下に現れた空間の歪みに、琉稀が先に脚を踏み入れる。

「…迷惑かけっぱなしってのも、悪いしね…」

琉稀の姿が見えなくなってから、譜迩はそう独りごちると続いてそこへ脚を踏み入れた。






眼の前に見慣れた街並みが広がっている。
しかし、何処か様子がおかしかった。

「どうしたんだろう?」

譜迩は目の前にあった琉稀の背中に問いかける。
言いながら琉稀の横に立って顔を見上げると、琉稀は険しい表情で辺りを見渡していた。

「…招集だ」
「え?」

琉稀はそう言って苦笑する。

「テロだって。マジ最悪だな…」

ギルドの誰かからwisでも入ったのだろうか。
琉稀の科白に、何故だか息が詰まる。

「…琉稀、行くの?」
「うん。仕事だし、な。…俺でも出来ることいっぱいあるんだぜ?」

不安な気持ちが表情にでたのだろうか。
琉稀は小さく息を吐きながら、譜迩の頭を撫でる。

「大丈夫だって、俺がそう簡単に死ぬわけないだろ?」
「…そうだよね」

あっけらかんとした琉稀の科白を聞いても、言い知れない不安は少しも軽くならない。
譜迩はそんな気持ちを吹き飛ばそうと笑ったつもりだったが、全然うまく笑えなかった。

「そんな顔すんなよ。大丈夫だから、お前は安全な場所にいろよな?」

そんな気持ちが琉稀には見透かされてしまったのだろう。琉稀はもう一度ぐしゃぐしゃと譜迩の頭を撫でた。
琉稀の顔を見上げると、どこか寂しそうな表情をしている様に見えたのは譜迩だけだろうか。

「じゃあ、狩の続きはまた後でな」

そう思った矢先、琉稀はそう言って足早に南門方面へ向かって歩き始めた。

「…琉稀」

段々小さくなっていく背中を見送りながら、譜迩は無意識に自分の胸元を握り締めて琉稀の名前を呼ぶ。
言い様のない不安で、胸が押しつぶされそうだった。

「譜迩、こんなところにいたのか」

するとそこへ、背後から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

振り返れば、そこには「白銀の鐘」のギルドメンバーを従えたセラフィスの姿があった。

「南門周辺でテロが起こってな…、今から私たちも増援に出るつもりなんだが、お前も来れるだろ?」

セラフィスはそう言うと、ぽんぽんと譜迩の頭を叩く。

「も、もちろん!」

此処で指をくわえて見守っている事しかできない自分にとって、それは願ってもみない出来事だった。
これで少しは琉稀たちの役に立つ事が出来る。

「まぁ、私たちの仕事は後方支援になるからな…お前は怪我人の救護に回ってくれ」
「はい!」

セラフィスの言葉に譜迩は意気込んで返事を返すと、進み始めたメンバーと一緒に南門方面へと歩き出した。

「…おい譜迩、あまり前にでるなよな」

隣に寄ってきたリクが、心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫だよ! リク兄だって、戦闘苦手なんだから気を付けてよね」
「テメェ…言う様になったじゃねぇか…」

そういうリクは何処か嬉しそうに肘で譜迩の横っぱらを突いてきた。

「二人とも、はしゃいでる場合じゃないぞ…」

そこへため息交じりのカイトの声が聞こえてきて、譜迩は思わず肩をすくめてしまった。
前方に眼をやれば、そこには見たこともない光景が広がっている。

「う…っ、いてぇ…」
「大丈夫か!?」

崩れた露店の下敷きになった商人が助けを求める様に呻き声を上げた。
そこに慌ててリクが駆け寄る。

「譜迩、ヒールを!」
「わ、わかった…!」

あまりの惨事に、茫然としていた譜迩はそう言われて漸く我に返ると、傷を負った商人に手当を開始した。

「此処で救護を行う。 お前らは此処から先には出るな」

セラフィスは集まったプリースト達にそう指示を出す。
譜迩の居る場所は、次々と担架で担ぎ込まれてくる怪我人や慌ただしく行き来する人たちでごった返していた。

「ひどいな…こりゃ…」

カートの中から回復剤などを取り出しながらリクが呟く。

「うん、これ以上被害が広がらなければいいんだけど…」

譜迩はリクの科白に、悲鳴や爆音のする方を眺めたてそう呟いた。






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