SS

□2月14日
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「…それだけ?」
「!!!!!!!!!?」

譜迩は思わずベッドから飛びのくと、そのまま床に尻もちをついてしまった。
何か言おうにも、口を金魚の様に動かす事しかできない。
頬も、火が出そうなくらいに熱かった。

「なんだ、もっと情熱的なのしてくれるかと思って待ってたのに…」

ベッドの上に上半身を起こした琉稀が、そう言ってにやにやと悪笑を浮かべながら譜迩を見ている。
譜迩は益々顔を真っ赤にさせて、思わず叫んだ。

「どうしてこんなことばっかりするんだよぉッ!!」

短気な琉稀が、今まで寝たふりを続けていたなど誰が気付くだろうか。
譜迩は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠してしまった。

「なんだ、今日は譜迩が色んなサービスしてくれるんだと思って期待してたんだけど、俺の思いすごしかな?」

そんな譜迩の様子を見た琉稀は、急に声のトーンを落としてそう呟く。

「…俺って、愛されてないのかなぁ…」
「…っ」

これ見よがしにそう言って、琉稀は悲しそうに眼を伏せた。
譜迩はそんな琉稀の様子に二の句が告げ無くなってしまう。
何時もなら捕まえられて、嫌と言っても無理やりされるのだろうと予想していたのに、こんならしくない姿を見せられるとは思ってもみなかったのだ。

―そうだよな、誕生日なのに…。

少しだけ、琉稀に同情したのが運のつきだったのかもしれない。

反応のない譜迩に、流石にバレバレの演技すぎたかと思った琉稀は、いつもの調子に戻ろうとしたのだが―…

「お、俺…プレゼント何がいいのか分からなかったから…ッ」

そういう科白と共に、譜迩が琉稀に向かって差し出したのはきれいにラッピングされた箱。

「……」

琉稀は少し驚いた様な表情で、箱と譜迩を交互に見る。

「る、琉稀はもういらないって言ったかもしれないけど…お、俺はどうしても琉稀に渡したくて…」
「………」
「チョ、チョコなんだけど…貰ってくれマスかッ?」

何も言わずにいる琉稀の胸中が分からず必死で言葉を紡いだが、緊張のあまり声が裏返ってしまった。
顔を伏せたまま、箱を差し出す譜迩の手に、琉稀の手が触れる。

「…ありがとう」

箱を受け取った琉稀は、ぼそぼそと小さな声でそう言った。
譜迩は恐る恐る顔をあげて琉稀を見ると、

「開けていい?」

と訊かれたので、譜迩はこくりと小さく頷く。
開けられた箱の中には、葡萄大の大きさのトリュフチョコレートが並んでいた。

「作ったの?」

少し歪な形のそれを一粒つまんだ琉稀が、そう言って譜迩を見る。
譜迩はこくこくと頷いた。
自分で上げようと決めたのに、何故こんなに緊張するのだろうか。
言葉を発する事が出来ずにただ頷く事しかできない譜迩は、チョコレートを口に放り込んだ琉稀の反応を心臓が破裂しそうな心地で見つめた。

「…うまい。」

琉稀は指に付いたココアパウダーを舐めながら、にこりと笑う。
それをみて、漸く譜迩も笑う事が出来た。

「ありがとう…。お菓子作った事無くて…でもよかった」

満面の笑顔でそう言う譜迩。
そんな譜迩を、一瞬動きを止めた琉稀が真剣な表情で見る。

「ねぇ、譜迩…」
「ん? なに?」

琉稀は箱をベッドサイドに置くと、ぺろりと唇を舐めて譜迩を見上げた。
譜迩は緊張がほぐれたのか、いつもの様に小首を傾げて聞き返す。

「これって、バレンタインのチョコレートだよな?」
「え…う、うん…そうだけど…」
「じゃあ、誕生日は別にくれるの?」
「……」

しまった、と顔に出てしまったかもしれない。
本命のチョコレートを作る事で頭が一杯だった為、誕生日の事をすっかり忘れていたのだ。
いや、誕生日だという事を忘れていた訳ではない。
祝いたいという気持ちを持って、チョコレートを作った所為で失念していたのだ。
誕生日のプレゼント、というものの事を。

「ご、ごめん! 誕生日忘れてたわけじゃないんだけど、プレゼントは…ッ!」

なんという失態だろうか。
今すぐ買いに行けと言うなら今すぐにでも買いに行きたい。
まだ時間も夕方だし、琉稀と一緒に欲しいものを探すのも悪くないだろう。
そう提案しようと模索していた譜迩だったが、

「じゃあ、譜迩が俺にキスしてよ」
「今から買いに…って、ぇえええっ!?」

その科白を遮った琉稀の要望に、思わず裏返った悲鳴が出てしまった。

「な、何言って…」
「さっきの続きしてよ。もっと、キモチイイやつ…」
「ばっ、馬鹿じゃないかっ!?」

いちいち舌を出さないで欲しい。
譜迩はぺろりと唇を舐めた琉稀の仕草に、再び顔を赤く染める。
後ずさろうとする譜迩の腕を掴んだ琉稀が、ベッドから身を乗り出して譜迩の顔を覗き込んだ。

「出来ないなら、教えてやるから…」

低く掠れた声が、鼓膜を震わせる。
譜迩は思わずビクリと肩を跳ねあげた。

「ね、譜迩…今俺の欲しいものは、それだけなんだけど…」

唇が、触れるか触れないかの距離で囁かれ、伸ばされた琉稀の舌が譜迩の唇を舐める。
じっと見つめる琉稀の眼は、薄らと赤みがかって見えた。

「…っ」

その赤には、逆らえない。
譜迩は自分の心臓の音しか聞こえない様な状況の中で、触れそうで触れない距離のまま近付きも離れもしない琉稀の唇にそっと自分のそれを重ねる。





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