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□エゴイスト
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『俺は報告に行ってくるから、お前は先に帰ってろ』

そう言われて、カインは先に一人で家に帰る事になった。
今回の任務は少し肩が重かった気がする。
何せリヒタルゼンに行かなければならなかったから少しばかり神経をすり減らす事になった。
あの街には嫌な思い出しかない、というわけではない。
何せ沙稀と会えたのもあの街なのだから…。

けれど、どうしても息が苦しくなる。
あの白い壁に囲まれた街を見るだけで自分の周りの空気が薄くなってしまった様な気さえするのだ。

思い出したくない事が多すぎる。

初めて温かい手に触れる事が出来た街でもあるのに、自分はいつまでこんな風に思い続けなければならないのだろうか…。

胃の中に鉛が溜まっている様な感覚に、カインは着ていた服を脱ぎ捨てて浴室に入るとシャワーコックを一気に回して頭から冷水を浴びる。

「…最悪だ…」

自分が嫌になった。
それなのに、こんな事を考えている自分さえも何処か遠くの人間であるかのような錯覚。
自分はいったい何者なのだろうか。
沙稀の事も、本気で想っているのだろうか。
それさえも作られた感情なではないのかと、疑い出したらきりがない。

何もかも、あの街のでの出来事の所為だ。
自分はあそこで人格も操作する様な人道に外れた実験の対象にされていたから。


ホントウニ、オレハ、オレ…?


冷水が背中を流れ落ちるのを感じなくなるくらい体が冷えるまで浴びて、カインはその紅い瞳から流れ出した涙も水に溶けてしまえばいいと思った。



バンッ!

「…!?」

暫くそのままでいると、突然激しい音と共に浴室の扉が開いた。

「さ…沙稀…?」

力任せに開かれたであろう扉に手を当てたまま、俯いた沙稀がそこに立っている。
いつもと様子がまるで違う事に嫌な汗がカインの頬を流れ落ちた。

「……」

微かに沙稀の肩が上下に動いている気配がする。
水の音でよく聞こえなかったが、呼吸が荒い様な…

―まさか…

嫌な予感にごくりと唾を飲み込む。
ゆっくりと沙稀が顔を上げた。

「…!!」

上げられた視線は、紅。
虚ろな、紅い、紅い瞳。

「っ…!!」

戦慄を覚えずにいられるだろうか。
完全に据わった紅い眼だ。
ただ単に感情が高揚しているだけではない。
一体沙稀の身に何が起こったというのだろう。
沙稀は感情のタガが外れると人格さえも危うくなり人物の区別さえつかなくなる事があった。
自分が沙稀の傍に居る様になってそういうことはだいぶ減ったとも言われたが、本当に極稀にこうなってしまう事があった。

―それでも、俺の事は覚えていてくれるんだろうか―

いつもなら沙稀のする事に逆らわずにただ身を任せるだけだった。
全く相手の事など分かっていない沙稀は、酷く乱暴にカインを抱く。
それでもカインの事を殺さないのだから、きっと沙稀の心のどこかにいつも自分を置いていてくれているのではないかと都合のいい考えをしていた。
けれど、本当に沙稀はこの状態でも自分を覚えていてくれるのだろうか。
いつも、正気を取り戻した沙稀は申し訳なさそうに謝るのだ。
何も、覚えていない、と。
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