SS

□ツミとバツ
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「ぁっ…あ…ッ」

一人掛けのソファがローテーブルを挟んで向い合せに置かれているリビングに、押し殺したような声が響いた。
肘かけに片方ずつ脚を乗せ大きく開いた下肢の中心を掴む。
それだけで頭の中が真っ白になってしまいそうな快感が背筋をかけのぼってくる。
堪えられない欲望に、涙を流しながら幾度もそうしているのに体の熱は収まる事を知らない。
早くこの熱を解放するための強い刺激が欲しかった。
それ以外には何も考える事が出来ない。

「っう…ぁ、あっ…せりおす…っ」

口走った愛しい人の名前が一体なんの意味を持つのかもわからず、ただひたすらうわ言のように繰り返しながら、ノアールは虚ろな目で虚空を眺めていた。

「…呼んだか」
「っひ、ぁっ…―ッ!!」

不意に耳元でささやく声がして、ノアールは握り締めたままの自身に爪を立てて達してしまう。
ここに居る筈のない人物の声。
まさか、幻聴だろうか。
そう思うが、思考が上手く回らない。
そしてそっと額に張り付いた髪を掻きわける感触。
これは、幻などではない。

「…何をしているんだ?」

見られて、しまった…。

崩れてしまったなけなしの理性が今更息を吹き返したのか、ノアールは背後から自分を見つめる男の視線を痛いくらいに感じ思わず足を閉じようとした。
しかし―…。

「見せてみろ」

背後から伸びた腕が、両の太ももを内側から押さえてそれをさせないようにする。
そうして触れられただけでそこから電気の様に強烈な快感が迸った。

「ぁっ…だめっ…!!」

びくり、と体を震わせ、ノアールはその腕に弱弱しく爪を立てる。
その程度の力でどうにかなるのもではなかったが、思わずそうしていた。
背後の男は詰まらなそうに鼻を鳴らす。

「…何をしているのか、と、聞いているんだが?」

耳元に寄せられた唇が耳郭を食むように囁いた。
ぴしりと冷たい痛みが内腿に走る。
男は手を離しゆっくりとした動きで向かい側に置かれたソファに腰掛けると、ひじ掛けに頬杖をついて脚を組んだ。

「…続けろ」

冷たく光る夜空の月を思わせる金色の双眸が、ノアールを射る様に見つめている。
濃い紫色の髪がまるで夜空を連想させるようだった。

「…せ、りおす…ッ」

燻ぶる体内の熱を放出したくとも、この男、セリオス・グラストヘイムの視線が理性を締め付けて離さない。
まさか、まさかセリオスの眼の前で自慰に耽ることなど、出来るわけがない。
どうしようもない熱と、それを戒めようとする理性。
葛藤が、ノアールを一層苦しめた。

「どうした?欲しくて堪らないのではないのか?」

詰まらない余興を見ているかの様な口調でセリオスが言う。
ノアールの既に立ち上がっているそれは、とろりともの欲しそうに雫を垂らしていた。

「…無様だな」

そこに視線が注がれていると思うだけで、ぞくりとした感覚が腰を噛む。
羞恥出来が狂いそうだというのに、総てこの言い様のない欲求にかき消されてしまいそうだった。



「……」

セリオスは無言でじっとノアールを見つめている。
その瞳は底冷えする様な冷たい氷の様で、それが一層この行為を咎めるようにも見えた。
金色の瞳の奥、静かに流れる血の色が透けて見える。
総ての人間を見下すような、王家の血が…。

「…はっ…ッ」

奥歯を噛みしめてきつく眼を閉じると、目尻に溜まった雫がぽろりと頬を伝う。
ノアールはおそるおそる屹立に手を伸ばした。
触れれば体の内に燻ぶる火種が爆ぜるような快感を放つ事などわかっていたし、それが恐ろしくもあったが、これ以上焦らされては気がどうかしてしまう。
指先で触れるだけでも、びくりとおかしな位に体が震えた。

「目を開けろ」

空気を切り裂く様な声が鼓膜を突く。
ノアールは薄く眼を開くと、潤んだ紫色に輝く瞳でセリオスを見た。
セリオスはノアールが眼を閉じる前と何ら変わらない様でこちらを見ている。
光の加減で七色にも変化するその美しい金色に、体の内側まで見透かされている様な心地がした。

「っあ…ぅ…ァあッ!!」

触れてしまえば、もう止める事など出来ない。
滑る先端に指をねじ込んで、感じるままに欲望を貪る。
こんな姿を見られたい訳ではないのに、それでもその視線がさらに感度を煽った。
飲み下しきれなかった唾液が唇から零れ落ちるのもそのままに、荒い呼吸を繰り返して悲鳴を上げる様に声帯からもれる喘ぎ声。
聞かれたくないのに、見られたくないのに、そう思えば思うほど、体は自分の意志とは関係なく過敏に反応する。

「っひ、ぁ、あ…ッも…ッうぁっ!!」

爪先から頭のてっぺんまで突き抜ける様な衝撃が走り、握り締めたそこが大きく脈打った。
吐き出される白い液体がノアールの内股に弾け飛ぶ。
何も考えず、このまま白い意識に飲み込まれてしまいたかった。
けれど、体内に蟠る熱はまだノアールを解放してくれはしない。
びくびくと軽い痙攣を引き起こした快楽は、眦に溜まった雫を涙に変えた。

「ぅ、…ッ、もう…ゃ…っ」

どうして、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
疑問はまた振り出しに戻る。
何故自分の体はこんなにおかしくなってしまったのか。
ノアールには未だに原因がわからなかった。
病気にでもかかってしまったのかと、本気で思う。
そんなノアールの想いを知ってか知らずか、セリオスは徐に立ち上がると何かを手にして近付いてくる。
床を踏みしめる靴の乾いた音が自棄に耳に付いた。

「こちらも随分ともの欲しそうだな…」

不自然に口元がつり上がる。
細められた金色の眼は決して笑ってはいなかった。

「今の貴様には丁度いいと思うんだが…」

形の良い唇から紡ぎだされる言葉の意味を理解するのは少々困難だったが、セリオスが手にしたものをノアールにも見える様に掲げる事により、次に自分が何をされるのか覚ってしまう。
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