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□バレンタイン企画!!vol.8
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「邪魔するぞ」

しん、と静まり返っていた空間で本を読みふけっていたノアールは突然総声をかけられてはじかれたように顔を上げた。
よく知った声だった。

「あ、あれ?セリオス、今日来る予定でした?」

ノアールは自分の向かい側の席に座ったセリオスに向かってそう訊く。
こちらに来ることがあったらいつも何かしらの連絡をくれているセリオスだが、今日は何も無かったような気がする。
けれど、セリオスのことだ。
もしかしたら自分が忘れているだけで何か連絡をくれていたのかもしれない。

「ごめん、ちょっと熱中しちゃって…」
「いや、急に邪魔したのは私のほうだ。すまないな」

セリオスから返って来た言葉にほっとしたノアールは読みかけの本に栞をはさむと、脇に置いてあった珈琲カップを手に取って飲み干す。

「今新しいの淹れて来るから…」
「あぁ」

そう言って席を立つと、セリオスは西日の差す窓の外をまぶしそうに眺めながらそう答えた。
此処はジュノー郊外にあるノアールの自宅で、セリオスは合鍵を持っているため勝手に入ってきたのだろうが、いきなり声を掛けられた為もの凄く驚いた。
それに自分は今部屋着の上起きた時のまま髪もとかしていない。
それほど寝癖のつくような性分ではないが、セリオスが来ると分かっていたらもう少しマシな格好くらいしておいたのに。

「言ってくれればお茶菓子でも用意しておいたのに…」

ノアールが苦笑しながら沸かした珈琲をセリオスの前に出すと、セリオスは徐に紙袋から何かを取り出すとそれをノアールに手渡した。

「…?なに?」

唐突な行動に頭の中に疑問符が飛ぶ。

「何か持ってきてくれたんですか?」

そう訊きながら箱を受け取ると、セリオスは大きなため息をついた。

「今日はバレンタインだそうだ」

ぽつりと呟かれた言葉があまりにもセリオスと結びつかなかったため、一瞬何の事を言っているのか分からなくなる。
バレンタインだから、なんなのだろう。

「…あぁ、セリオス、誰かからもらってきたんですか?」

しかし手にした箱はあまりにも味気なかった。
リボンも何も巻いてないし、贈り物だとは到底思えない。

「…貴様、私が他の誰かからバレンタインに何か貰って来たとして、何も思わないのか?」

セリオスは少し不機嫌な様子でそう訊いてくる。
確かに、バレンタインは女性が思いを寄せる相手にチョコレートを渡す習慣があった様な気がしなくも無いが。

「いや、何も思わないわけじゃないですけど…貰って来たとしてもどうせエリザさんからの義理チョコかなんかじゃないんですか?」
「……」

平然とした顔でそう言われ、セリオスは複雑そうな表情でノアールを見た。

「セリオスが女性からの告白と一緒に貰って来たチョコレートを僕に渡してくるとは思えないんですが、違うのかな?」

表情を変えずにじっと視線を合わせて、ノアールはそう言う。
ご尤もな意見に笑がこみ上げてきた。

「それなら、これが誰からの物かあてられるか?」
「なんです、それ」

甚だおかしな話だ。
何故セリオスが貰って来た物が誰からの贈り物だったのかを当てなければいけないのだろうか。
そもそも、例えこれがそういう意図の無い贈り物だったとして、セリオスが誰かから貰って来たという事実は少なからずノアールの胸を落ち着かなくさせる。
平静を装ってみたものの、こんな風に訊かれて考え出したら嫌な方向にばかり思考が進んでしまうような気がした。

「良く考えろよ?」

ニヤリ、と意味ありげで意地悪そうな笑顔を浮かべてセリオスが言う。

こんな表情をするのは他人の前ではあまり見られないから、自分だけ優越感に浸れるというものの、こんな状況ではそんな事を考えている余裕は無かった。
セリオスは今までの会話の中でどんな言葉を言っただろうか、とノアールは考えた。

「何処で、貰って来ました?」
「その質問には答えられないな」

セリオスはノアールの質問にそう答えながら、珈琲カップを口元へ運んだ。
この言葉には一体どんな意味がある。
ノアールはカップをもつセリオスの綺麗な指先を見つめながら考えた。
答えられない質問。言葉遊びをしている時点でそれがバレてはならない事だという答えは消えている。
だとしたら、「何処」か答えられないのだろうか。
場所が分からないから「何処」か答えられないのと仮定してみたが、セリオスは「何処」か分からない場所で何かをする性格ではない。
それなら…

「貰って…いない?」

ノアールは思わずそう呟く。
そして上目遣いにセリオスを伺うと、セリオスは何も言わずにただ微笑むだけだった。
貰っていないから、「何処で貰った」か答えられないのだ。
貰ってないのだとしたら…。
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