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□バレンタイン企画!!vol.7
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刹那はまるで避けようともしなかった。
刹那の顔に傷を付けるなんてことは、緋奄には出来ない。
ぎりっと奥歯を噛むと、緋奄は力任せに刹那を突き飛ばした。
なぜ、何も言わないんだ。
緋奄はバランスを崩した刹那を見下ろしたままそう思う。
そんな緋奄と目を合わすことなく、刹那は立ち上がった。
「まぁ、そういうことだから」
襟元を正した刹那は表情を見せずにそう言うと、つかつかと部屋を出て行く。
怒りのやり場がなくなった緋奄はガツンとテーブルを蹴り飛ばした。
洗ったばかりの調理器具が派手な音を響かせて辺りに散らばる。
乱暴な溜め息をついて、緋奄は部屋に積まれていた箱の上に腰掛けた。
浮かれた気分にさせておいて、否定すればいいものをそうしない刹那に苛立つ。
嘘でも自分が作ったと、言ってくれれば良かったのに。
少しでも喜ばしい気分になった自分が馬鹿らしくなった。
緋奄はちらりと投げ捨てたチョコレートを見る。
すると、それを拾い上げる細い指先が見えた。
視線をあげてみれば、それは桃色の髪をしたハイプリーストだった。
「すごい音がしたから来てみれば、随分酷いことをするのね。チョコレート、嫌いだった?」
じっと緋奄を見つめるハイプリースト、エリザはキツい目つきをしている。
女など取るに足るような相手ではない。
緋奄は舌打ちをして視線を逸らした。
「…他人が作ったもんなんかもらって嬉しいわけねぇだろ」
「何の話?」
緋奄の言葉を聞いたエリザは訝しんだようにそう訊き返す。
「テメェはしらばっくれる訳か」
緋奄はすっと目を細めて言った。
「テメェが作ったんだろ?アイツが菓子なんか作るタマか」
嘲笑混じりに言えば、エリザは一瞬驚いたような顔をしたが、つかつかと緋奄の傍によるとぴしゃりとその頬を打つ。
「…っ」
「ふざけてんじゃないわよ!!アンタ、マスターに何言ったの!?」
ぎろりと睨み付けたが、エリザは酷く憤慨した表情で緋奄を見据えていた。
「あの人が料理なんかするわけないっていうのは誰が見たってわかるわよ。でも、私は何もしなかったわ。作ったのはマスターだもの」
叩かれた頬がじりじりと熱を持っている中で、緋奄は言われた言葉をただ脳内に流し込むだけで精一杯だった。
「じゃあなんでそう言わねーんだ」
ぽつりと呟けば、
「作ったものを投げ捨てられて、激昂するような人じゃないのは知ってるでしょ…」
苦いものを吐き出すようにエリザはそう返してくる。
「あの野郎…」
どこまでプライドの高いやつだ、と緋奄は思った。
自分が作ったものが捨てられるくらいなら、気持ちごと切り捨てるというのか。
身を斬ってでも心の内はさらけ出さない、と。
「俺がどんだけ…クソッ!!」
緋奄はエリザが拾い上げた箱を引ったくると、そのまま部屋を飛び出した。
「ふざけんな…ッ」
先程とは違う怒りを感じながら、緋奄はそう呟く。
普段何も言わないのだ、刹那は。
ただ緋奄は刹那の影に嘗て焦がれた相手の面影ばかりを探して、それに対して刹那は何も言わない。
どんなに酷く抱こうとも、それを詰ることすらしない。
そんな刹那が、自分の為に何かしてくれたのだ。
緋奄が嬉しくなかった筈はない。
初めて刹那から手渡されたものに今更怖じ気づいて、疑いの目を向けてしまった。
どんなことがあっても心の内は決してさらけ出すことのない刹那が、初めて自分に心を見せた瞬間を、無碍に踏みにじったのは、自分だった。
本当は刹那の口から聞きたかったのだ。
誰の為に、やったことのない料理をしたのか、と…。