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□バレンタイン企画!!vol.3
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緋奄が正体不明の液体をオーブンに突っ込んでからしばらくして、琉稀が溶かしたチョコレートを型に流し込んでいた時だった。
「琉稀ちゃんさぁ、今日こんなことしてていいの?」
生クリームの入ったら袋を持った朔夜が訊いてくる。
「……何がっすか?」
一瞬ドキリとしたものの、平静を取り繕って答えると朔夜はふぅ、と溜め息をついて琉稀を見た。
「…俺、物覚えいいんだよ?」
一つしかない灰色の瞳で琉稀を見つめながらそう言う。
琉稀は複雑そうな顔をしていた。
「あ、セリオスさん…生クリームどうぞww」
「…あぁ、すまないな…」
何も答えないでいると、朔夜はセリオスに生クリームを手渡す。
どうやら、朔夜は自分のチョコレートそっちのけでセリオスの手伝いをしているようだった。
沙稀は沙稀でもう一度マフィン作りに挑戦しているし、緋奄は部屋の隅で寝ころんでいる。
セリオスは適当に何か作っている様だが、彼は何をやっても100%完璧にこなせるので心配することはないだろう。
琉稀はひとしきり周りを見てからため息をついた。
「…別に、知らないから、あいつは…」
ぼそりと呟いた言葉に、朔夜は目を丸くする。
「知らない?譜迩くんが?」
「知らないよ?言ってないから…」
「ふーん…てゆか、そう言う話にならないの?」
「あんまり、そう言う話は…しないかな…」
なんで今頃そんな話をするんだろう、と思いながら琉稀は朔夜の質問に答えた。
「俺も、アイツの知らないし…」
「へぇ…」
手持ち無沙汰になったのか、アーモンドスライスをかじりながら生返事をする朔夜。
「そう言うのって、なかなかきっかけがないと話さないよね…」
「うん、そうだね」
「…沙稀ちゃん、それ薄力粉じゃなくて小麦粉だよ」
会話の途中で沙稀の手元が気になったのか、朔夜が言う。
沙稀は無言で小麦粉を元の場所に戻していた。
「今日元気ないのその所為?」
「いや…元気っていうか、普通だけど?朔夜さんこそ、なんか作らなくていいわけ?」
その質問に、ぴくりと反応したのは朔夜ではなく沙稀だった。
じ、っと紫色の双眸が琉稀を制すように見つめている。
「いいよ、沙稀ちゃん…刹那は早く俺に誰か他の人見つけろっていいたいんだろうし…」
朔夜は、少しばかり陰りのある笑顔でそう言った。
琉稀はそれを聞いて少し居心地が悪くなってしまう。理由は知れないが、言ってはいけない事を言ってしまった、と感じたのだ。
「俺はね、もう作り上がったんだ」
先程の顔が嘘のように消えて、朔夜はにこりといつもの笑顔を浮かべている。
そうして後ろにあるテーブルから小さなチョコレートを取ると、そっと琉稀の手のひらにそれを乗せた。
「逆チョコじゃないよ?琉稀ちゃんは俺のタイプじゃないからね」
言われた言葉にひくりと琉稀の顔が引きつる。
別に何ともないが、改めてタイプじゃないとか言われるとなんだか嫌いと言われた時のような気分になるのは何故だろう。
恋愛対象じゃないというのには安心出来るのだが。
「誕生日、おめでとう」
「……う、うん。ありがとう…」
嬉しいのか、嬉しくないのか、琉稀にはいまいちわからなかった。
「あれ、譜迩くんより先に言ったらまずかったかな?」
気付かなくてごめんね、なんて言われても困ってしまう。
「いいよ、言ってないからって言ったじゃん」
別に先に言われたからといって何があるわけでもないし、どちらにせよ今まで譜迩には何も言ってなかったのだ。
「こんなもんで悪いね…よりにもよって俺の手作りだしww」
自分でそう言って、朔夜は盛大に笑う。
「しかしねぇ…誕生日がバレンタインとか…嬉しいんだか嬉しくないんだかww」
「ホントだよ…チョコレートしか貰ったことないし…」
「何も貰えないよりマシじゃない?」
「そう考えればそうだけどね…ってか何が悲しくて今俺はチョコレート作ってんのか…」
誕生日に相手からプレゼントを貰うのはわかるが、誕生日に相手にあげるものを作っているという状況は考えれば考えるほど虚しい。
ホントにとんでもない命令をしてくれたものだ。
「琉稀…」
ふいに名前を呼ばれてそちらを見れば、沙稀が何かを差し出しているのが見えた。
「え、なに…?」
「…朔夜が何かやってんのに、俺が何もやらんわけにはいかないだろ…?」
そう言いながら沙稀が手渡してきたのは、おかしな形のチョコレートだった。
「なに…兄貴が作ったの?」
「…いや、そこに…」
と言って沙稀は少し下に目線を下げた。
琉稀が沙稀の視線を辿ってテーブルに視線を落とすと、先程沙稀から受け取ったチョコレートと似たような形のものが目に入る。