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□青色の狼
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薄暗く細い通路を歩く朔夜に声を掛けたのは、淡い金髪のアサシンクロスだった。
「あら、こんな時間にこんな所で逢うなんて…何してんの沙稀ちゃん?」
沙稀と呼ばれたアサシンクロスは朔夜の言葉に一瞬嫌な顔をしたが、灯りの下に立つ彼はじっと朔夜を見つめると、その手のひらで朔夜の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「なに? 慰めてるつもり?」
沙稀は、少し前まで朔夜とペアを組んで仕事をしていた男だ。
口数の多い朔夜だから、沙稀には色々な話をしてある。
沙稀は、朔夜の事を人一倍よく知っているのだ。
対して沙稀は苛立つ位に口数が少ない。
それでも、長く行動を共にしていた朔夜は沙稀のこともよく知っていた。
こうして無言で頭を撫でるのは、彼なりに朔夜を心配しているからだろう。
「…無理するな」
「ははっ、お前に言われる程じゃねぇよ」
言われた言葉にそう返しながら、朔夜はそっと沙稀の腕を払う。
「今日は、何人殺った?」
表情を消した眼をして、沙稀はそう言った。
「天津で一人、ジュノーで二人、フィゲルで一人…かな…?」
指を折って数えながら答えれば、沙稀は眉間に皺を寄せて朔夜を見る。単独行動にしては数が多いと思ったのだろうか。
朔夜の手法はサイレントキリングだ。
白昼堂々それを行うのは少々骨が折れる。移動距離も考えればそう早く終わるものではないし、一日中神経を張り詰めていた事を考えると、疲労はかなりのものになるだろう。
全く何の痕跡も残さずに任務を遂行できると信用のある朔夜だ。沙稀とのペアを解散して単独行動になった今でも大量の依頼が来ているのだから、そうなってしまうのは仕方のない事だった。
「…無理、してるように見える?」
小さく笑いながらそう問えば、沙稀はゆっくりと溜め息をつく。
肯定の意、だろう。
朔夜は苦笑しながら自分の頬をごしごしと撫でた。
「そんな辛気くさい顔してるかァ〜…」
自分がどんな顔をしているかなど、久々に言われた。
そう言えば、最近忙しすぎてあまり人と喋っていなかったことに気付く。会話らしい会話など無かったのだ。
話したのはマスターの刹那くらいだったし、それも仕事内容が主だったような気がする。
だが、無口な沙稀と対峙して会話になるかといえば些か疑問だったが。
「…なんか、すげぇ疲れたよ」
連日の疲労が溜まっているのだろうか。
鬱々とした気分が晴れない。
人を殺して笑っていろとは思わないが、いつもはどうしていたのだろう。
終わった事だ、と割り切って、考えないようにしていたのかもしれない。
「沙稀は、何も思わない?」
そう訊いた自分は恐らく上手く笑えてはいないだろうと、朔夜は思った。
この問いはタブーだったかもしれない。
今まで仕事を共にしていた仲だったが、この問いだけは何があってもお互い出さなかった。
何も思わない訳がない。
何も感じない訳がない。
胸の奥にしまい込んで二度と蓋が開かないように、何重もの鍵を締めているのだ。
それを開くような言葉は、不必要だから。
「…思わない訳じゃないか」
沙稀は、ぽつりと答えた。
寡黙と言えど、沙稀の声は弱々しくも小さくもない。
だが、思っていることを口にすることが苦手だから、沙稀は少しばかり逡巡した。
「…罪悪感は払拭し辛い」
眉間に深くシワを刻んだ沙稀は、溜め息と共に言葉を吐き捨てる。
「…けどな、」
朔夜は、初めて聞く沙稀の本音を逃すまいと、続く言葉を待った。
普段なら茶化して沙稀の言葉を待つなんて事はしないのだが。
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