SS

□愛憎
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憎たらしい位に、同じ顔をしている。

緋奄はベッドに縫い付けたその白い体を我武者羅に犯した。

紫色が自棄に映える白い体。

噛み付いて、痣が残るくらいに掴んで爪を立てた血が滲むようなその行為にも、男は喘ぎ声一つ上げなかった。

吐き気を覚えるくらいに苛立つ。

「…今日は随分とがっつくな」

言い放った男の表情はこれでもかと言うくらいに綺麗で、それが益々癪に触った。

「うるせぇよ…」

細く、一見弱々しくも見える男のどこに、之ほどの苛立ちを感じる要素があるというのだろう。
無性にこの男を噛み千切って引き裂いてやりたい衝動に駆られる。
何もかも同じ。
体格も、その余裕の笑みを張り付かせた表情も、見上げる視線も、この態度も、そして緋奄がこの男に対して感じる言い様のない恐怖も、全て。

今まで自分よりも強く、イカれた思考を持った人間などいないと思っていた。

ただ一人を除いて。
それは名前を久遠(くおん)と言い、そしてこの男、刹那とまったく同じ遺伝子を持つ人間だった。
久遠と初めて見えた時には、これ以上はないと思える位戦慄した。
久遠はぶっ飛んだ思考の持ち主だった。
全ては、久遠の前に平伏すのが当たり前だということが言わずとも分かる、そんな存在だった。
初めて、誰かの下についてもいいと思った存在。
初めて、何を捨てても手に入れたいと思った存在。
初めて、命を掛けてもいいと思えた存在…。
久遠の傍に居られるならば、緋奄に欲しいものなどは無かった。
触れられないくらい、尊い。
緋奄にとっての唯一無二の存在だったのだ。

自分の下に組み敷いた男は、久遠と同じ顔をして、緋奄を見上げている。

今直ぐにでも、死にたいと思う位に痛めつけてボロボロにしてやりたい。


この男が自分の前に跪いて、助けて下さいと命乞いをする仕草を想像しただけでイきそうだ。

それなのに、ある感情がそれを妨げるのだ。
その感情が一層に苛立ちを募らせる。

殺してやりたい。
ありとあらゆる絶望と恐怖と悲嘆を味わわせて殺してやりたい。

なのにどうしてこの腕は…


緋奄は爪の伸びた十の指を、その白く細い男の首筋に巻き付けた。
ぐ、と力を込める。
こんな細い骨を砕く事など簡単だ。
刹那は抵抗一つしないのだから。
あと、少し、力を込めれば。

刹那は苦しげな表情一つ見せない。
それどころか、くつくつと笑うのが手のひらを通してでもわかる。
耳鳴りがする。

まさか。
こちらが首を絞められているような錯覚。
刹那の唇が言葉を象った。

「     」

ぞっとする。
緋奄は思わずその手を離した。

いつの間にこんなに汗をかいたのか、それが頬を伝ってゆく感覚。
ぽたり、と刹那の頬にそれとは違う滴が落ちた。

「泣くくらいなら、やるんじゃねぇよ」

僅かに咳き込んで、乾いた喉から出た音に、初めて瞳が濡れていることに気づいた。

結局、出来なかった。
どす黒い感情が胸に蟠る。

あぁ、どうしたらこの男を殺すことが出来るのだろうか。
どうしたら、自分の全てを奪ったこの男を殺してやることが出来るのだろうか。
久遠を、双子の弟を意図も簡単に殺したこの男を…。

















愛してしまったのが、既に手遅れだとは思いたくもない。














20080822.

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