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□heat【10000HIT】
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しとしと雨が降っていた。
服も、跳ねた癖っ毛も、水分を含んで肌にべったりとくっついている。
傘を忘れた事に気付いたのは大分前だったがもうそんな事なんかどうでもいいくらいびしょ濡れだ。降り始めた頃には雨宿りも考えたが、こんな雨はすぐに止みそうもないと思って諦めた。
首都のメインストリートもこんな雨では閑散としている。琉稀は街を横切って自分の家へと向かった。

今日は何だかとっても疲れた。
刹那に日頃の鍛錬が足りないと罵倒された挙げ句、サファイア100個取ってこいなんてむちゃくちゃな任務を押し付けられてしまった。期限は3日。今日は36個しか取れなかった。
買うにしたって金もない。
今日は切り上げて明日にしようと、濡れた服を脱ぎ捨ててベッドに潜り込む。
数秒も経たないうちに琉稀は深い眠りに落ちた。





















―heat―





昨日の雨が道端に水たまりを作っているが、そこに映る空は雲一つない。
譜迩は大きく深呼吸をした。

今日は前から家に遊びに行くと約束をしていたので、朝から早起きをして食事を作ったのだ。どうせ琉稀はろくな食事なんか採っていないだろうし。
片手に作った料理の詰まった袋を持ってプロンテラの隅にある琉稀の家へと歩を進める。

「お邪魔しま〜す…」

渡された合い鍵を使おうとしたが、どうやら鍵は開いていたようだ。相変わらず不用心だなと思いながらそう挨拶して中へと上がる。
一人暮らしの割に広い部屋の中は人気がなかった。
どうせまだ寝ているんだろうと踏んで、譜迩はダイニングに荷物を置くと寝室へと足を運んだ。

「琉稀さん…?」

一応ノックしてからドアを開く。ベッドの方を見れば布団から銀色の髪が見えた。

「……」

何だか起こしてはまずいような気がして、譜迩は音を起てないようにそろそろとベッドに近づく。

「ん〜…」

顔を覗き込んだ所で寝返りを打たれてびくっとした。うっすらと開いた眼が譜迩を捕らえる。

「起きてた?」
「いや…今起きた…」

取り繕うように言うと、琉稀は眠そうに目を擦りながらそう返すが、何だか違和感がある。
一体なんだろう。

「わっ…」

そんな事を考えてると、唐突に伸びてきた腕に引っ張られベッドの中へ引きずり込まれてしまった。

「ちょっ…っんんッ!?」

ベッドに縫い止められる形になったかと思えば、そのまま強引に唇を塞がれてしまう。一連の動作が早すぎて思考が追い付かない。
ゆるゆると口内を荒らした舌がぺろり、と唇を舐めた辺りで次第に顔が熱くなってきた。

「ん〜…なんか、やる気が起きない…」

唇を離した琉稀が耳の辺りに顔を埋めてそう言うのが聞こえて、譜迩の頭はようやく回転し始めた。

「な、何言ってんだよッ!!」

無理やりベッドに引きずり込んでキスまでしたくせに、やる気が起きないとは一体なんだ。
別に何かして欲しいわけではないが、その気がない癖にこんな紛らわしいことなどして欲しくなかった。

「馬鹿な事言ってないでどいてよッ!!」

一人であたふたしてる自分が馬鹿らしくなる。体に乗ったままの琉稀を押し返そうとするが、完全に力の抜けてしまった体を退かすのは容易ではない。

「重い…」

押し返すのを諦め力を抜いて呟けば、琉稀がゆっくりと体を起こす。
よく見ればこの男、上半身真っ裸ではないか。

「全く…そんな格好で寝て寒くなかったのかよ…」

自然と早くなる鼓動を誤魔化すように悪態をついて、譜迩は視線を外す。
あれ、今なんか…。

ふと気付いた違和感の正体を見るために、思わず譜迩は琉稀の顔を二度見した。

「ん、なぁに?」

余りにもじっと見つめて来るものだから、琉稀はぱちぱちと瞬きをしながらそう言う。
その、瞬く眼が…。

「琉稀、酔っぱらってるの?」
「ぅん?飲んでないよ」

琉稀は酒を飲んだりするとすぐ酔っぱらうのだが、それ以外に飲んだときに現れる症状がある。

「眼、紫だよ…?」

寝起きを見たことは余りないが、これはその所為なのだろうか。

「え〜?何だろうな…」

指して気にもしないような口調でそう言う琉稀。
お前の体だろうが、と譜迩は溜め息をついた。

「兎に角どいて。ご飯作ってきたから食べよ?」

もう昼も近いし、何も食べていないだろうから腹も減っている筈だと思いそう提案するが…。

「食べたくない」
「え…?」

いつでも食欲旺盛な琉稀が、食べたくないとは…一体どんな了見だろう。
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