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□1000の言葉より
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痛々しい、その両目に巻かれた白い包帯が。



『彼の両目は、もう…』


ああ、一体、どうしたらいいのだろう。
お願いだ。時間が戻るなら俺は何だってする。
どんな屈辱的な事だって、彼の瞳がもう一度世界を映せるようになるというのなら喜んでやってやる。
だから、だから…。














―1000の言葉より―





病室のドアを開ける。
開かれたままの窓から、道を与えられた風がサァっと音を起てて部屋を駆け抜けた。白いレースのカーテンが揺れ、何処からか花の香りを運んでくる。
彼は、此方を向いてはいなかった。ベッドに座ったまま、風を感じようとしているのか窓辺へと向いている。
ぱたん、と扉を閉めれば風はぴたりと止まった。

「誰ですか…?」

此方を振り返り、窓の外でなる葉擦れの音に紛れそうなくらいか細い声で彼は呟くように問いかけてくる。

「…俺だ」
「沙稀…」

答えれば、強張っているように見えた表情が一瞬で和らいだ。
そしてその表情はゆっくりとまた窓の方へと向けられる。

「今、咲いてますか…?」
「ん…?」
「桜、ですよ」

彼、カインは淋しげにそう言う。
そう言えば、こいつは桜が好きだった。
そう思うと、俺は窓から見える桜の枝から暫く目が離せなくなってしまった。
何と、答えればいい。

「七分、ってところか…」
「そうですか…」

こいつは、知っているんだろうか。
もう二度と、その瞳が桜の花を見ることが出来ないと言うことを。
沙稀は無意識に唇を噛んだ。もうカインの姿を見ているのが辛くなり、思わず窓辺から外を見下ろす。
知っていそうな口振りだったのだ。

いけない。自分が塞ぎ込んでどうするんだ。
だけれど、どうしても言葉が浮かんでこない。
こんなにも何か言おうと必死に考えた事があっただろうか。

「…沙稀…っ」

不意に、名前を呼ばれて振り返ると、そこにはベッドから降りようとしているカインの姿があった。
沙稀はとっさにその体を抱き締め、思わず呟く。

「無理をするな…」

縋るように沙稀の背中に腕を回し、カインはじっと動かない。
背中の服を掴む手が震えていた。

「俺…俺は…」

沙稀の胸に額を当てたまま、震えて掠れた声でカインは何か言おうとしている。嗚咽を堪えて。

「傍にいるから…大丈夫だ…」

何時だって、カインは沙稀のちょっとした仕草や動作を見て沙稀が思うことを感じ取ってくれていた。
しかし、もうそれは求められない事だ。
それが判っていたからこそ、今まで沙稀は言葉で何かを伝えることをしなくても意志疎通を図れた。
もう、言葉しかない。
言葉に出すことが苦手な沙稀は、大丈夫、大丈夫と彼を慰める事しか出来ない事が無性に悔しかった。後はもう苦しいくらい抱き締めてやることしかない。

「沙稀、俺は…っ貴方の重荷になるなんて事はできません…っ」

腕の中で、掠れた声が悲鳴を上げるようにそう呟く。
それを聞かなかった振りをして、沙稀はただただ抱く腕に力を込めた。
カインは身じろぎ一つしない。

「お願いです…俺を…」
「黙れ…それ以上言うな」

殺して。
と、言うつもりか。
貴方の手にかかるなら本望だ、と。

「お前は、知らないのか」

目が見えなくなった位で、判らなくなるのか。本から見えないものだというのに。
其れとも、沙稀の『言葉』が足りなかった所為か。

「俺が、どれだけお前を大切だと…思っているのか、知らないとでも言うつもりか」

吐き出した声がこんなにも苦々しく感じたことがあっただろうか。

無くしたくない。

例えどんな姿になろうとも。

離したくない。




そっと、白い布越しに口付けを落とす。
カインは手を伸ばし、沙稀の顔の輪郭をなぞるように頬を撫でると、薄く唇を開いて口付けを強請った。
沙稀は何も言わずに、いつもと変わらないそれをカインが望むように与えてやる。
ゆっくりと、何かを確かめるように。


「…貴方の顔が、見たいです…」
「…俺は、俺しか見ていないお前を見たい…」





























いっそのこと、殺してしまえたらどれだけ楽だろう。















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