連載

□月光10
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「……ホントに、ごめん」

でも、ありがとう。

振り返って、琉稀が笑った。
窓枠に手がかかる。

「ま、待って!」

叫んだ自分の声の大きさに驚きながらも、譜迩は立ち上がった勢いのまま琉稀の服を掴んだ。

「…どっか…行かないで…ッ」

あの時は、言えなかった言葉。
子供ながらに琉稀を引きとめてはならない事など分かっていた。
子供だから、する事の出来た我慢だったのかもしれない。

「俺、鈍感だからわかんない!」

ぎゅっと服を握り締めて、額を背中に押し当てて、譜迩は言った。

「る、る…き、がッ…す、好きとか…俺は…ッ…俺、ッ」

こんな時に言葉が出てこないなんて!
こんなんじゃ琉稀に何も通じないのではないかと思うと、また涙で視界が滲みそうだ。

「……あー…もう…」

琉稀ががくりと項垂れて声を上げる。
酷い目にあわされたというのにまだこうやって琉稀を追いかけようとする譜迩をおかしな奴だと思ったのだろうか。呆れたのだろうか。
そのどちらともつく様な声だった。
けれど、譜迩が想っている様な意味では決してない。
琉稀は自分の頬が熱くなって行くのを感じていた。

「…お前馬鹿なの!?」

思わず振り返ると、琉稀は譜迩の肩を掴んだ。

「俺は、お前に酷い事したんだぞ!? お前、わかってんのか?」

自分に言い聞かせる様な口調で琉稀は譜迩に言う。

「…うん。体痛いし…」

譜迩は上目づかいに琉稀を見ると、ぼそぼそと小さな声で答えた。

「バッカ野郎! そうじゃねぇよ!」
「う…、ごめんなさい…」
「ちげぇ! お前、今自分が何してるかわかってんのか!?」
「え…?」

譜迩はきょとんとした顔で琉稀を見ている。
琉稀は盛大な溜息をついた。

「お、おまえ…今俺を引きとめるという事がどういうことか…本当にわかってないのか…?」
「え…? だって…お、俺も、る、琉稀の事好きだし…」

譜迩は、琉稀、と名前を呼ぶのが気恥ずかしくて思わず顔を伏せてしまう。
そんな様子をみて琉稀は愕然とした。

「お前…俺に何されたかわかってんだよなぁ?」

コクリ、と譜迩が頷く。

「じゃあなんで…」

先程も言われた事だが、琉稀は未だに確信が持てない。
確認が取れるまでは何度もこの下らないとも思える質問を繰り返すつもりでそう訊いた。

「だって…琉稀は俺が好きなんでしょ…? だったら、別に…お、俺も…だし…」
「……」

強姦したんだぞ?
と、もう一度聞く気にはなれなかった。

「自分の事が好きな奴になら何されてもいいって言うのかよ」
「違うよ!」

琉稀が半眼で問うと、譜迩は大慌てで頭を振る。

「俺が琉稀をッ、………!!」

漸く自分が何を言ってるのか気がついたのか、譜迩はそう言ったまま固まった。
その顔がみるみる赤くなってゆくのが分かる。
眼が潤んで、今にも泣きだしそうだ。

「…ホントに馬鹿」

琉稀はそう言うと、自分も火照った顔を見せまいと譜迩を腕の中に閉じ込めてしまう。

「…お前、これでホントにいいんだな?」

肩に顎を乗せた状態で琉稀が言う。
耳元に直接響く声に、譜迩はくすぐったそうに肩を窄めると、琉稀の背中に手をまわして小さくうなずいた。

「どうなってもしらないからな」

腰にまわされた琉稀の腕が強く譜迩を抱きしめる。

「思い出せなくて、ごめんね…」
「もういい」
「プリーストで、ごめんね…」
「…気にしない」
「うん…」
「…これも、やるから…」
「…ありがとう」

手探りで渡された紅い薔薇を握り締めて、譜迩はもう一度琉稀の背中に腕を回した。

「…あとお前、鼻水付けたらぶっ殺すからな」

琉稀はそう言うと、もう一度譜迩を強く抱きしめる。


嫌いになられても構わないと、ここに来る前に琉稀は思っていた。
嫌いになられたら、好きにさせればいいのだから。
どうやれば譜迩が自分の事を好きになってくれるのかなどは考えていなかったが、それこそ力ずくでも譜迩を手に入れてやろうと思っていた。
しかし譜迩はあんなことをした自分をこうして受け止めてくれた。
思いもよらなかった事態に、本当にこれでいいのかという問いは自分にも向けられている。

―俺は、これで十分だ―





思いだせなかったけれど、自分も琉稀が好きだったんだ。
あの紅い薔薇を見るたびに何をしているのかと気に掛けていた。
けれど、まさかアサシンになって自分の前に現れるとは思ってもみなかったのだ。

「琉稀だって、ホントに気付かなかった…だってこんなに身長高くなってるとは思わなかったから…」
「そこかよ; てゆか、お前は全然変わってなかったからわかった」
「え…?」
「…ガキみたいな顔してるから」

琉稀はにやりと意地悪そうな笑顔を浮かべて言う。

「な、なんだよ! 俺だってちょっとはカッコ良くなってるよ!」
「…そう言うことは鏡見てから言えよ?」
「…ッ!」

確かに童顔ではあるが、そんな言い方をしなくてもいいのではないだろうか。
譜迩はむっとした顔で琉稀を見上げた。

「なぁ譜迩…」

急に琉稀が真剣な顔をして譜迩を呼ぶ。

なに?

と聞こうとした瞬間に、琉稀の影が眼を塞いだ。
唇に、乾いているが柔らかい感触のものが触れる。

「!」

あわてて譜迩が琉稀の肩を押した。

「な、ななな、なにす…」
「…ちょっと黙れよ。色気のないやつだなぁ…」

色気とか、そんなことを言われても困る!
と声をあげたかったが、それももう一度降りてきた琉稀の唇によって塞がれてしまう。

「…っ」

ぬるりとした感触が唇を這った。

「…歯ぁ、食いしばるな。口開けろ」
「だ、だって…」
「いいから」
「っん…ッ」

頤を捉えられて上向かされる。
抗議に開いた唇の隙間から、琉稀の柔らかい舌が口内に滑り込んできた。

「っ…」

舌の上をゆっくりと滑るそれに、背筋がゾクリと震える。
無意識に譜迩は琉稀の首へと腕を回していた。

「っは…やべ、とまんねぇな…」
「な…っちょっと…」

唇を離した琉稀がぺろりと舌を出してそう言うのが酷く色っぽくてどきりとする。
同時に服の下に滑り込んできた手を掴むが、わずかに赤みを増したような眼に見つめられると心臓が鷲掴みにされたような心地になった。
まるで肉食獣に睨まれた草食動物の気分だ。

「ベッド行こうぜ」
「っ…」
「今度は優しくする」

琉稀はそう言って、譜迩の額に口づけを落とした。



二人の様子を見ていた月が、恥ずかしそうに雲に隠れていく。

重なる影は、暗闇の中に閉ざされていった。






































END.

ホントに恥ずかしい最後ですみません(*ノノ)
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