連載

□月光9
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「…これください」

琉稀は周りの誰にも聞き取れない様な小さな声で言うと、店頭に並べられている花籠の一つを指さした。

「あら、お兄さん良い男ね! 彼女にプレゼントかしら?」

花売りの女はにっこりとほほ笑みながら琉稀に話しかけてくる。
街を歩く人々の視線が痛いほどに突き刺さってくる中で琉稀は奥歯を噛みしめた。
今時こんなものをくれと言っている男など、気障の塊でしかないと思っている琉稀にとってこの行動はかなり勇気の居るものだった。
街ゆく人々の何でもない眼でさえも、好奇を寄せるものに見えてしょうがない。

「…なんとなく、欲しいだけっす…」

どうしてこんな言い訳をするのだろう。
否定する方が余程恥ずかしいのではないだろうか。

「ふふ、照れなくてもいいのよ? 在り来たりかもしれないけど、女の子はこういうのに弱いんだから!」
「……」

―別に女に渡すわけじゃないし…―

そんな胸中の科白を口に出せるわけもなく、琉稀は無言でゼニーを渡すと花籠から一輪の薔薇を抜き取った。

「ども…」

小さな声で言うと、足早にその場を立ち去る。
一刻も早くここからいなくなりたかった。

あーでもないこーでもないと悩んでいるうちに、太陽はとっくの昔に地平線へお帰りになって宵っ張りな月がぽっかりと空に穴を開けている。

冷たい夜風がざわざわと木々を揺らしていた。

「……」

琉稀は暗い夜道を歩き、教会の裏側にある墓地に向かう。
ここから壁を登って譜迩の部屋に向かった事が前にもあった。
泥棒の様な真似をするのはどうかとも思ったが、それ以外に譜迩に直接会える機械など持ち合わせていない。
突然招きもしない客が窓から入ってきたら、あんな事のあった後で譜迩がどんな顔をするかなど想像できたが、そんなことは嫌というほど考えた。
これでフラれるなり、殴られるなりすれば、自分ももう諦めがつくというものだ。

いや、嫌われてももう、構うものか。

ぎゅっと薔薇を握り締める。

「…覚悟しろよ、譜迩」

琉稀は呟くと、前と同じ様にして譜迩の部屋へと侵入した。
室内はがらんとしていて人の気配がない。
机に置かれた一輪ざしに差された赤い薔薇だけが、琉稀の来訪を見守っている。

「……」

複雑な思いで、琉稀はそれを見つめた。
そして、部屋のドアが開く。


「よう…」

抜け道を見つけた風ざっと部屋の中を駆け抜けた。
譜迩が閉ざした眼を見開く。

「…お前、忘れてるみたいだから」

琉稀は小さな声でそう言うと、手にした紅を譜迩に向かって突き出した。
他にどうしようかなど考えていなかったのだ。

「もう一回、渡してやるよ」

風が月明かりに照らされた赤い髪を揺らす。
ドアから見半分を覗かせた譜迩は、驚いた表情のまま固まっていた。





















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