連載

□月光9
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「…それでなんで俺のとこに来るんだよ」

派手な赤い髪をした男は心底不機嫌そうな顔で咥えた煙草のフィルターを噛んだ。
じろり、と灰色の眼が琉稀を睨む。

「いや…緋奄さんなら良い方法知ってるんじゃないかって」
「てめぇ…俺を何だと思ってやがる」
「…短気で乱暴なおとk…

言い終わる前にガツンと嫌な音が頭蓋骨に響いた。

「っい…ってぇッ!」

危うく舌を噛みそうになった琉稀は殴られた頭を押さえて目の前の男、颯緋奄の顔を見上げる。

「馬鹿にしてんのか?」

緋奄は引き攣った笑いを浮かべて琉稀を見下ろしていた。

「いや、そうじゃなくて…緋奄さんはいつも刹那とどんな風に仲直りするのかと…」
「…死にてぇのか?」
「……いいえ」

凄味の増した眼で睨まれて、琉稀は思わず口元を引き攣らせる。
緋奄はそんな琉稀の様子を何とはなしに眺めると、面倒くさそうに頭を掻いた。

「…やっちまったもんはしょうがねぇだろ。俺だったら謝らないね」

緋奄は行儀悪く斜めに座ったソファの背もたれに腕を乗せて、部屋の隅へと視線を投げながら言う。
琉稀はどうして緋奄に相談しに来たのか今更になって後悔し始めた。
参考になる様な事は何一つない。
この男に善悪の正常な判断が出来るとは到底思えないと、どうして初めに思いつかなかったのだろうか。
とはいえ他人に相談などした事が無い琉稀にとって誰かに相談するなど考えられない事だった。余程自分が混乱しているのだという事を思い知らされる。

「…おい、お前だったらどうする?」

鬱々と考えていた琉稀はその声にはっとして顔を上げた。
何時の間にそこに居たのだろうか。
緋奄の投げた視線の先を追うと、壁にもたれる様にして立っている金髪のアサシンクロスの姿が見えた。

「っ兄貴…」

琉稀はバツの悪そうな顔をして頭を押さえる。
何故ここに兄がいるのだろうか。

「…呼ばれてきただけだ」

琉稀の様子で気付いたのか、自分がここに居る訳を言うと沙稀は琉稀の腰掛けているソファの端に座って腕を組む。

「…お前は突拍子もない行動をとるやつだとは思っていたが、まさか…ご、ごうk…」
「うるせぇよ! あの時は仕方なかったんだよ!」

沙稀が口にするのも憚られるとだんだん声音を落とすのを聞いていられなくなり、琉稀は思わず大声で怒鳴った。

「仕方がなかった、ねぇ…」

緋奄はさも面白そうな口調で言う。
顔がニヤニヤと笑っているのが無性に腹立たしい。

「俺だって…好きでやったわけじゃないし…」

琉稀はしどろもどろになりながら言い訳がましく口にするが、沙稀は眉間に皺を寄せたまま床に視線を落としている。

「そんならてめぇはどうしたい訳だ?」
「は?」

膝の上に頬杖をついた緋奄が半眼で琉稀を見た。

「てめぇがどうしたいのかによって、こっから先どうするか決めればいいじゃねぇか」

御尤もな意見だった。

「…素直に謝りに行けばいいだろう」

沙稀が静かな声で言う。

「…それが出来りゃ文句ねぇよ…」

琉稀はいよいよ頭を抱え込んでしまった。
どうしたらいいかわからないからこうして誰かに縋りついたいと思っているのに、相手を間違えたとしか思えない。
他人事のように言う二人の言葉に、解決策はもう一つしかないように思えてくる。

「行けば、良いんだろ」

琉稀は深い溜息をついて立ち上がった。

「そーだそーだ。ついでにそいつここに連れて来い。うちにはプリーストが足りねぇンだよ。ったく、プリーストの分際で鈍器振りまわす様な奴ばっかりとかふざけてんのか」
「うあ…アンタ何時の間に…」

突然第三者の声が聞こえてきそちらに眼をやると、紫色の髪をしたアサシンクロス、紺碧の翼のギルドマスターである暁刹那が立っていた。

「ここは私の部屋だ。私がいて何が悪い」

ふん、と鼻を鳴らした刹那がさも面白くないドラマを見せられたかのように欠伸をする。

「…どうでもいいけどなぁ、白銀だけとはいざこざ作らないでくれるか? セラフィスにばれたらどうしてくれンだよ」
「う…」

刹那の指摘に琉稀は顔があげられなくなった。

「セリオスにはばれてやがるし、何とかしろといわれてんだぞ」

綺麗な指先の爪を噛みながら言われると、刹那が如何に苛々しているのかが見て取れる。

「一応あそことは同盟はってんだよ。借りてる要員もあるしなぁ…仕事回らなくなったらどうしてくれるんだ」

じろりと銀色に輝く眼が剣呑な光を秘めて琉稀を見据えている。
この問題は最早自分だけの問題でもなくなっているのだろうか。
そう思うと自分のしたことが更に重圧を持って琉稀の背中にのしかかってくるようだった。

「好きな奴傷つけるなんざ、まだまだてめぇはガキなんだよ」

刹那の言葉が琉稀の胸にぐさりと突き刺さる。
いつだって刹那は直球で物を言う性格だが、こうして自分の傷口を抉られる様な言葉を言われたのは初めてだったかもしれない。
はぁ、と深い溜息をついた刹那が机の縁に腰を預けて琉稀を睨んだ。

「てめぇでやった事くらい、てめぇで落とし前つけんのが世の常だろうが。当たって砕けて失恋でもしてくりゃちっとはマシな人間になるんじゃねぇのか?」

刹那はさも面倒くさそうに言うが、その一言一言が棘を持つように琉稀の心を抉り取るようだった。

「っ…うるせぇよっ!」

居た堪れなくなった琉稀はそう怒鳴る。

「お前らに相談した俺がバカだった!」

そう言ってソファを飛び越えると、琉稀は部屋を出てけたたましい音を発ててドアを閉めた。

「…馬鹿だな」

沙稀の呟きに緋奄と刹那が大きなため息をつく。

「お前の躾がなってねぇからこうなるんだ。やってる事がお前にそっくりだぜ」

刹那は複雑そうな顔でそう言うと、緋奄を見遣った。

「……うるせぇよ」

フィルター近くまで減った煙草を灰皿に押し付けて、緋奄は唸る様に呟く。
三者三様の溜息が部屋に響いた。












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