連載

□月光9
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酷い頭痛とともに眼が覚める。
昨日飲みすぎた所為だ、と琉稀は顔を顰めた。

鏡を覗き込めば酷い顔をした自分が腫れぼったい眼で自分を見ている。

「…ひでぇ顔」

琉稀は思わずつぶやき、シャワーのコックを捻った。

今頃譜迩はどうしているだろう。
水音だけが支配する浴室の中で琉稀は頭から冷水を浴びたまま、昨日の出来事を思い出していた。

『聖職者の癖に淫乱だな』

『…じゃあお願いしなよ。琉稀、助けてって…』

プリーストが嫌いだ、と思いこみたかった。
でも、譜迩の事はどうだろうか。

「…嫌いじゃないよ」

呟きは水に溶けて排水溝へと流れてゆく。
嫌いなどではない。
譜迩だけだったのだ。あの時自分の暗く沈んだ感情を引き上げてくれたのは。
あの時は自分も子供だったし、譜迩のお陰で笑うという事を思い出せたなどという事は考えもしなかったが、今思えば自分があの暗闇から浮上出来たのはあの明るい笑顔があったお陰だと思っている。
なのに、その譜迩は大嫌いになりたかったプリーストで。
だったら、自分はその想いに蓋をしてでも自分から譜迩を引き剥がしたかった。

―…あの時、会わなければよかったんだ。そもそも刹那があんな言いつけをしなければ俺は譜迩と会わずに済んだんだ…―

今まで誰かを本気で好きになった事があるだろうか。
そう考えてみれば、誰の顔も浮かんでこない。
それもどうかと思うが、自分の中でずっと心に居座るのは、幼いころ固く殻に閉じこもった自分に手を差し伸べてくれた赤い髪の少年だけだ。
当時は少年だとは思っていなかったのだけど。

―…両刀でよかったと思うなんてバカじゃないか…―

もう自分も相当ヤバいところまで来てるんじゃないだろうか。
初恋の相手を未だに想い続けて、更にそれが男だとわかったとしても想いが変わらないなんてどうかしている。

『琉稀ちゃんはお父さんを嫌いになる必要もないし、プリーストを嫌いになる必要もないし、自分を嫌いになる必要もないんだよ?』

朔夜の言葉が脳裏に浮かんだ。

―…でも今更、どうしたらいいんだよ―

100%嫌われる様に仕向けたのは自分だ。
抵抗もままならない相手を組み敷いて、男としてのプライドをズタズタに切り裂く様な真似をしたのは、自分なのだ。

―今更どの面下げて謝りに行けばいいんだよ―

顔が見たい、と思ったのは純粋な気持ちからだ。
今までは拒絶したくて堪らなくて、顔を見たらどんな暴言を吐いてやろうかという事ばかり考えていた。
どうしたら自分を嫌いになってくれるのか、と。

―結局最初からわかってたんじゃないか。俺がアイツを嫌いになれない事なんて―

馬鹿げてる。
譜迩は琉稀の事を覚えていなかったし、それなのに琉稀と友達になりたいと言ってきた。

友達になりたい。

―あー…、アイツはあの頃とちっとも変らないんだ―

幼いころの記憶。
閉じこもった自分に向けられた譜迩の小さな手のひら。
それが大きくなった今も、琉稀に向かって差し伸べられていた事にどうして気付かなかったのか。
いつの間にか琉稀はまた殻の中に閉じこもっていたのだ。

「…ほんっと、馬鹿だな」

頬を流れる冷たい水に生温かい雫が混じる。

あの小さな手のひらが琉稀に向かって差し出される事はもうないだろう。
琉稀が、そうならない様にしたのだから。













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