連載

□The not wilt Roses
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―畜生、どれだけ白ポがぶ飲みしたと思ってんだ…―

ゲンナリとした表情で落ちていたイグドラシルの実を拾い上げると、琉稀は大げさな溜息をついた。

「あの、ありがとうございました!」

少年は、頭をぺこりと下げてそう言う。

「別に、利害が一致しただけだろ…」

琉稀は少年の様子を横目で捉えると、視線をそらしてそう答えた。
非常に気まずい空気が流れている様な気がするのは、琉稀だけだろうか。
まさかこんな所で再会する羽目になるとは思ってもみなかった。それに、自分は先程ドラキュラを倒す時にとんでもないものをさらけ出してしまったような気もする。
あまり人に見せたいようなものではないのだ。

「でも、すごいですね! 一人で倒しちゃうなんて…」
「……」

背中を向けたままでもこの少年が笑顔を浮かべているのが、声で分かる。

―普通の人間じゃ無理だけどな…―

どうやら少年は、さっきの琉稀の様子が人並み外れたものだという事に気付いていないようだった。琉稀は内心ほっとする。
その声に胸中で答えると、遠くから少年の名前を呼びながら誰かが走ってくるのが見えた。
次第にガラガラとカートを引く音が聞こえてくる。

「譜迩、大丈夫だったか!? 怪我とか、してないか!?」

ぜぇぜぇと息を切らせながらやってきた金髪のブラックスミスは、譜迩と呼ばれたアコライトの肩を掴んで心配そうな声でそう言った。
続いてやってきたのは、茶髪のアルケミスト。

「リク兄、カイト! 大丈夫、今ね、この人が…」

譜迩は漸く合流する事が出来た仲間たちに安堵の声を上げると、琉稀の方へ振り返る。

「!!」

思わず、琉稀はそちらを向いてしまった。
ブラックスミスは怪訝な顔をして琉稀を見ているだけだったが、アルケミストは何かに気付いた様な表情で琉稀を見ている。
譜迩は、改めて琉稀の顔を凝視すると一瞬言葉を失った。

―バレたか!?―

極力顔を合わせないようにしていたのだ。
なんとなく気まずい気がしていたから。
でも、これで譜迩も気付いてしまった筈だ。
嘗て琉稀が―…。

「あの、血が出てますよ…」
「…え?」

譜迩はそう言うと、驚いた表情のまま固まっている琉稀の頬に触れて、ヒールの呪文を唱える。

「はい、これでもう大丈夫ですね…」

にこり、と笑顔を浮かべて言う譜迩。
琉稀は一瞬何をされたのか理解する事が出来なかった。
じっと譜迩の顔を覗き込んだまま、思考が停止する。

―まさか、コイツ…―

覚えていない、という事だろうか。
急に全身の力が抜けてしまったかのような感覚に陥り、琉稀は思わず眉間に皺を寄せた。

「…余計な御世話だ」

ぽつりと呟けば、譜迩は途端に申し訳なさそうな顔をして琉稀を見る。

「ご、ごめんなさい…」

譜迩は項垂れてそう言った。
すると―…。

「お前…そんな言い方ねぇんじゃねぇの!?」

背後に居た金髪のブラックスミス、リクが譜迩の肩を押しのけて琉稀の前に立つ。

「助けてもらったのには礼をいうよ。ありがとうな。けど、お前の態度は気にくわねぇ!」

琉稀よりも10cm近く下の目線から睨まれても全く威圧感の欠片もなかったが、リクは腰に手を当ててそう言った。

「…あぁ、そう。でも本当の事だし?」

面倒くさいのはごめんだと思いつつも、ただでさえ良い気分ではない琉稀はつっけんどんな態度を取ってしまう。
それが火に油を注ぐような行為になると、頭の隅では分かっていたが。

「てめぇ…つくづく嫌な奴だなぁ…」

こめかみの辺りを引きつらせながらリクが言う。

「まぁ…事はすんだんだ。もう関わる事もないだろ…」

そんなリクの肩を諌める様に叩いてそう言ったのは、アルケミストのカイト。
カイトはリクの体を反転させると、立ち去る様に促しながらちらりと琉稀を見遣った。
琉稀は思わずその視線から目をそらす事しかできなかった。





***


今日は散々な日だった。
刹那に言いつけられた仕事は何とか終える事が出来たが、思いもよらない事態に思考回路がパンクしそうだ。

「任務御苦労」

モロクにあるアジトにかえると、久方ぶりに見た顔に思わず溜息をつく。
こんな時に、しかも珍しくねぎらいの言葉など…。

「何してんの、兄貴」

部屋の前に立っていた沙稀に思わずぶっきらぼうな声が漏れた。

「いや…お前がドラキュラ退治にいったと聞いてな」

しかめっ面の琉稀に対して、アサシンクロスの男はこれまた珍しく微かな微笑みを浮かべてそう言う。
一瞬面くらったような表情で、兄であるアサシンクロスの沙稀を見た琉稀はがくりと肩を落とした。

「失敗したのか?」
「いや…」

琉稀は言葉にするのも億劫だと、先程ドラキュラが落としたイグドラシルの実を差し出して見せたが…

「店で買ってきた訳じゃないよな…?」
「ふざけんじゃねぇ!」

心ない一言に、思わず噛みついたが、沙稀はそれを見て顔をそらすと肩を揺らし始めた。

「笑ってんじゃねぇよ…」

はぁ、と本日何度目かわからない溜息をつく琉稀。
沙稀はそんな琉稀の肩を叩くと、

「まぁ、おめでとう」

と言ってほほ笑んだ。

「…あぁ…ありがとう…」

何故か、滅多に笑わない沙稀に笑われると少しだけだが(あくまでも少しだけだと琉稀は思う)心が落ち着く様な気がする。
沙稀はそれだけ言うと、後ろ手に手を振りながらその場を去って行った。

「……」

琉稀は自室に入ると、テーブルの上にイグドラシルの実を置いてベッドの上にうつ伏せに倒れ込む。
黄色い果実を見るともなしに眺め、今日の出来事を思い返した。
ドラキュラを倒す事が出来て嬉しい、という気分ではない。

「思ってたけど…やっぱりプリースト、か…」

忘れていたと思いながら忘れた事などは無かった。
いつかまた会いたいと思っていたけれど、自分は暗殺者になる道を選び教会とは縁のない世界に行ってしまった。
あのアコライトは、琉稀の初恋だったのだ。
今思い返してみれば譜迩は男で、自分も男。
普通の恋愛など成り立つわけもない。
琉稀はどちらでも構わないバイセクシャルではあるが、譜迩がそうである保証はない。
それに―…。

「プリーストなんか…」

嫌いだ。

枕に顔を埋め、琉稀はぎゅっとそれを掴んだ。
言い様のない感覚が琉稀の胸を締め付ける。
カミサマなんて、存在しないものを崇める職業など…。
真っ赤な記憶が琉稀の脳裏を過った。
血で染まった父親の最後の笑顔。
大好きだった父親を助けてくれなかったカミサマ。
父親が信じたカミサマは、琉稀を裏切ったのだ。
それだけは、まごう事なき真実。

琉稀はごろりと寝返りをうち、天井を眺めた。

会わなければいい話だ。
今までだってそうしてきたのだし、自分は教会とは縁のない職業。
幸い会う可能性は最も低いと言っても過言ではない。
そしてなにより、彼は琉稀の事などまるで覚えていなのだから…。

「……」

考えるのをやめよう。
そう思い、琉稀は勢いよくベッドから立ち上がった。
テーブルの上に無造作に置かれたイグドラシルの実を手に取りって、部屋を出る。
鬼のマスター、暁刹那に仕事の報告をするために。









The not wilt Roses. #1 2009.09.12
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