連載
□The not wilt Roses
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The not wilt Roses. #1
一輪のバラの花。
この花は決して枯れる事のない花。
決して枯れない、愛の証。
そんなこと、子供の時分にはわかっていなかった。
紺碧の翼、と言えば名の知れたギルドだった。
何でも屋の看板を掲げ、荷物の配達から恨みの晴らし方までなんでも請け負うその名の通りのギルドである。
そんな紺碧の翼に属する一人である銀髪のアサシン、葵琉稀は今、ギルドマスターの暁刹那に呼ばれてギルドの窓口でもあるバー「Lost Heaven」に呼び出されていた。
「お前、仕事はそれなりにやってるつもりかもしんねぇけどな、ぜんぜんLv上げる気ねぇんだろ?」
琉稀の目の前に座っている刹那は、紅いカクテルのそそがれたグラスの氷をマドラーで掻き回しながらそう言った。
「別に、上げる気がないわけじゃ…」
琉稀はそんな刹那の手元を見るともなしに眺めながら答える。
刹那はその返答を聞いてぴたりと手を止めると、じっと琉稀の眼を見据えた。
そんなに凝視されると、どんな顔をしていいのかわからなくなる。
刹那は見かけは酷く容姿の整った人形の様な貌をした男だった。濃い青紫色の眼に、薄い紫がかった銀髪。
一見すれば見る者の心を引きつける美貌の持ち主だが、こうして視線を合わせるとその殺気に身動きまで奪われそうになる。
数々の修羅場を潜りぬけてきた者だからこそ持ち得るものなのだろう。
琉稀は思わず唾を飲み込んだ。
「やる気あんのか?」
刹那は、剣呑な光を秘めた目でそう言う。
「あります、…たぶん」
はは、と乾いた笑いを浮かべながら琉稀は答えた。
「多分じゃねぇンだよ。甘えてんのか気色わりぃ…」
はぁ、と大仰な溜息をついてグラスからマドラーを抜くと、刹那はその中身を一気に呷る。
「兎に角、お前には私から一つ任務を与えてやる。期間は特に指定はしないが、一カ月なんもしなかったらぶっ殺すからな」
刹那は半眼で琉稀を見ながら、そう言った。
琉稀の表情は引き攣った笑顔のまま固まってしまう。
刹那がこんな風に特別任務を言いつける時は決まって無理難題を押し付けてくる事が多いのだ。
真面目にやっている筈の兄でさえ、刹那の機嫌が悪かったのか迷宮でバフォメットJrをテイムして来いだとか面倒くさい任務を言いつけられた事がある。
琉稀は嫌な予感を感じていたが、何か言い返す事など出来るわけがない。
「ゲフェンダンジョンでドラキュラ倒して来い」
「っぶ!? ちょ、それ本気で・・・」
「本気もクソもねぇんだよ。お前がやる気あるっていったんだろ。根性見せてみろ」
「…う」
刹那に逆らえるものなど、このギルドにはいない。
横暴だと思うかもしれないが、こう見えても人望の厚いマスターなのだ。
琉稀とて散々世話になっている。
文句の言える立場ではないし、紺碧の翼は居心地の悪いギルドではない。
こうして任務を与えてくれるのも琉稀の事を考えての事だが、それが突拍子もない事だと面白半分で言ってるのではないだろうかとも思える。
とはいえ、やはりこれに逆らったらどんな目に遭うか…。
琉稀は自分が今までされてきたスパルタ教育の内容を思い出すと冷や汗をかいた。
「わかったよ! やりゃいいんだろ!?」
破れかぶれだ、という心境で椅子を倒しながら立ち上がると、琉稀は店を出たのだった。
ゲフェンの地下には、3層に渡る広大なダンジョンがある。
そこはじめじめとしたカビ臭さと腐臭の漂う亡霊の巣窟で、まだLvの低い冒険者向けの練習場のようなイメージがあるが時たま強力な力をもつ魔物が現れる事があった。
それが、ドラキュラと呼ばれるこのダンジョンのボスである。
普段は蝙蝠の大群に身を変えているが、ひとたび姿を現わせばLvの低い冒険者など即気絶させられてしまう。
しかし、Lvが高いからと言ってドラキュラはアサシン一人でどうにかなる相手ではないのだ。
ドラキュラを倒すためにわざわざパーティを組んでくる上級者もいる。
刹那は一人で倒して来いなどとは言わなかったが、琉稀は生憎他人と行動する事が好きではない。刹那からしてみれば、少しは社交的になれという意味合いも込めてこの任務を与えたのだろうが、苛立ち半分でここに来た琉稀にはまるでその意図が伝わっていないようだった。
―あのド変態野郎、何処に居やがる・・・―
琉稀はゲフェンダンジョンの2階に降り立つと、テレポートクリップを装備してドラキュラ探索を開始した。
紅い髪をしたアコライトの少年は、おろおろした様子であたりを見渡している。
「カイトー! リク兄ぃーッ!」
一緒にダンジョンへやってきた仲間の名前を呼びながら、恐る恐る歩いていると、腐りかけた木の陰から人影が現れた。
「あ! リク兄?」
少年は不安げな表情を明るい笑顔に変えて声を上げるが、その人影はおぼつかない足取りでゆっくりと少年に近付いてくる。
「!」
これは、人間ではない!
そう気付いた少年は恐怖に表情を変えて思わず一歩後ずさった。
とん、と背中が湿った壁に当たる。
早く、早く攻撃しなければ、と思っているものの、なかなか体が動いてくれない。
どこからともなく馬の足音も聞こえてくる。
ゾンビなどに怖気づいている場合ではなかった。
「ホーリーライト!」
教会で覚えた呪文を唱えなんとかゾンビを撃退したが、このまま一人でいては折角稼いだ経験値も無駄になってしまう。
一緒に来た仲間とは、先程遭遇したこのダンジョンのボスと呼ばれるモノの所為で離ればなれになってしまったのだ。
何とかして彼らと合流しなくては、直接攻撃の弱いアコライトではどうにもならない。
―どうしよう…―
そう思っていた時だった。
物陰に隠れていれば大丈夫だと思っていたのに、バサバサと蝙蝠の羽音が近づいてくる。
「!?」
少年は音のした方へ振り向いた。そこには無数の蝙蝠が群がる姿が見える。
―ドラキュラだ…!!―
このままではやられてしまう。
ここは両サイドを壁に挟まれた場所で、逃げるのには反対側へ行くしかない。
しかし、そこには何匹ものナイトメアが駆け回っているのが見えている。
挟まれてしまった。
先程から何度も魔法を使っている所為で、テレポートの呪文を唱えようにも魔力が残っていない。
このまま魔力が回復するまで隠れていても見つかる可能性の方が大きい。
もう、諦めるしかないのだろうか―…?
バサバサと蝙蝠の羽音が近づいてくる中、少年は思わずその場をかけ出した。
―よし、居やがったな!―
何度かテレポートして、漸くバサバサと蝙蝠が集っている場所を見つけた琉稀は腰に装備していた愛用のカタールを引きぬくと、一目散にその場所へ向かって走った。
途中で襲いかかってくるナイトメアを難なく切り捨て、ドラキュラの元へ向かうが―…
「!!」
蝙蝠から逃れる様に走ってきた少年が琉稀に激突する。
反動で倒れそうになる少年の両肩を掴むと、少年は鮮やかな緑色の眼で琉稀を見上げた。
「ご、ごめんなさい!」
少年は酷く狼狽した様子でそう言うが、琉稀はその目から視線を外す事が出来ない。
―こ、コイツ…―
この少年には、見覚えがあった。
まさか、こんな場所で出くわす羽目になるとは…。
「わ、わぁぁっ!!」
そんな琉稀の胸中を知る訳もなく、少年は背後を振り返って悲鳴を上げた。
我に返った琉稀は思ったよりも近くにいた蝙蝠の群れを見て舌打ちをすると、少年を背後に庇ってカタールを構える。
―飛びながら狩ろうと思ってたのに…ッ―
正面から向き合っていては到底勝ち目のない相手だ。
テレポートしながら1発ずつ当てて何とかしようと思っていたのに、この少年がいてはそんな事も出来やしない。
「邪魔だ!」
琉稀はバサバサと寄ってくる蝙蝠に装備したクリップでサイトを唱える。
一か所に集まった蝙蝠が人型を取った。
現れた青白い顔をしたドラキュラが、マントを翻す。
目に見えない飛礫が頬に当たり、そこから鋭い痛みが走ったが寸でのところで攻撃をかわし、何とか態勢を整えようとした瞬間アコライトが唱えた補助魔法が体を軽くする。
「上等じゃねぇか…」
間合いを取って身を翻した琉稀は、頬から流れた血を拭ってドラキュラを見据えた。
妙な高揚感が、脳髄を支配する。
「俺もね、アンタにゃ親近感沸くんだよ…」
ニヤリと口元を釣り上げた琉稀の唇から、鋭い牙の様なものが見えた様な気がした。
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