連載

□月光7
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月光7



ふと目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。
自分はいつの間に寝ていたのだろうか、不思議に思いながら体を起こそうとしたが…

「イッ…!?」

譜迩は思わず声をあげてしまう。
体中が軋んで悲鳴を上げているようだ。
いったい自分は何をしたというのだ、と譜迩は眠ってしまう前の記憶を辿った。
そうして、信じられない出来事を思い出す。
夢であってほしいと思ったが、この体の痛みが何よりも現実を物語っている。
どうしてこんな事になってしまったんだ。
いつしか頭の中で鐘が鳴り響くように鈍痛が響いている。

「目が覚めたか…?」

そう声をかけられて、譜迩はドアから入ってきた人物を見た。

「セリオス…」

紫色の髪をしたハイウィザードの姿を見ると、何故か視界が滲みだす。
鼻の奥がツンと痛くなり、泣くまいと閉じた瞳からは涙が零れだした。

「オレ、っ…」

ぐっとシーツを握り締め、譜迩は顔を伏せて涙をこらえようと必死になったが、ぽたぽたと零れ落ちる雫はシーツにいくつもの染みを作るだけ。
セリオスはベッドサイドに置かれた椅子に腰かけると、そんな譜迩の頭を抱き寄せた。

「すまない、私がもう少し早く気が付いていれば…」

セリオスはいつもと変わらない口調でそう言うが、頭を撫でる手の優しさが更に譜迩の涙腺を緩める。
こんなつもりじゃなかったのに、と、譜迩は震える声でそう言った。

「オレ、あの人に…悪い事を、したのかな…っ」
「お前は悪くない」

あんなことをされたというのに、この子はそれでも相手を気遣うというのか。
セリオスは遣る瀬無い気持ちになる。
嗚咽を上げる弟を、一体どう慰めればいい。
譜迩は自分がされた事よりも、何故相手があんなにも怒ってしまったのかを気にかけている。
セリオスには理解できない心境だった。
こんな場合、どう言えば譜迩の心の傷を癒す事が出来るのだろうか。
知識だけはどれだけあっても足りない。
人の感情は、人それぞれなのだから。

「…譜迩は、悪くないよ…」

優しい声音が、譜迩の鼓膜を揺らす。

「だから、今はゆっくり休みなさい…」


















「ど〜したの、琉稀ちゃん!」

イズルードにあるバー、Lost Heavenへ向かうと、入り口付近でテーブルに寄り掛かって談笑していた隻眼のアサシンクロスが驚いた表情で琉稀を見た。

「ほっぺた、紅葉ついてるよ?」

一つしかない灰色の眼を見開いて、アサシンクロスの朔夜は自分の頬を指さしながら言う。
琉稀は、浮かない顔をして自分の頬を摩った。

「殴られた」
「え、誰に?」
「セリオス」
「は!?」

朔夜は出てきた人物の名前に素っ頓狂な声を上げる。

「なんで、セリオスさん?」

まさかその名前が出てくるとは思わなかった、と言わんばかりに朔夜はそう言うと、当たりをきょろきょろ見渡してから琉稀の腕を掴んだ。

「ちょっと、奥に行こう」

二人の会話を聞いて好奇の眼を寄せてくる客たちから逃れる様に奥の衝立がある席へ行くよう促す。
席に向かう途中で、バーカウンターにいるランフィスに「ビール二つね!」と言うのを忘れないところが朔夜らしい。

「で、何があったのさ?」

席に着いたところで、朔夜は如何にも面白そうな話だという表情で琉稀の顔を覗き込んでくる。
だが、生憎琉稀にとっては面白くもなんともない話だ。
そう簡単に口が開く筈もない。

「…なんで朔夜さんに話さなきゃならないんだよ」

琉稀は浮かない表情でじろりと朔夜を見た。

「う〜ん、確かに俺が聞かなきゃならない話じゃないんだけどさ…なんていうか、悩み事なら聞くのが人生の先輩としての役目でショ?」
「…面白がってるくせに」
「あれ、そんなつもりないんだけどww」

いけしゃあしゃあと言ってのける朔夜に、思わずため息がでる。
朔夜を言い負かそうと思っても、そう簡単にできるものではない。仕事も達者だが、口も達者な男だ。
何かと嘘をつこうとするもすぐボロの出る琉稀は、朔夜に嘘をつこうという気にさえならなかった。

「…話したくない」

ぼそり、と答える。

「そっか…まぁ、それなら嫌な事は飲んで忘れる、ってことでサ!」

朔夜が苦笑しながらそう言ったのと同時に、ランフィスがビールジョッキを2つ運んできた。

「深刻そうな話?」

ランフィスは眉間にしわを寄せて難しい顔をしている琉稀の頭をくしゃくしゃと撫でながらそう言う。

「……」

琉稀はますます眉間のしわを深くしてランフィスを見た。

「そういう顔すると、沙稀にそっくりだなぁ…」

皺が寄ってるぞ、と言ってランフィスは琉稀の眉間を弾く。
琉稀はぐ、と苦い顔をして眉間を押さえた。

「まぁ、嫌な事なら飲んで忘れるのが一番ですネ…ごゆっくり」

朔夜と同じような事を言って、ランフィスはその場を立ち去る。

「そういうことなので、一杯やりましょう!」

朔夜は楽しそうに笑ってジョッキを手にすると、琉稀にもそれを持つように急かした。

「泡が消えちゃうでしょーがw」

とてもそんな気分にはなれなかったが、朔夜のこのノリからは逃げられたためしがない。
悪い人ではないのだ。悩みごとなど面白半分で聞いてくるが、残りの半分は何かとアドバイスしてくれたりする琉稀に取っていい先輩でもある。

「そいじゃまぁ、カンパーイ!」

カツンとジョッキを鳴らせば、零れたビールに慌てて口を付ける。
一口酒を口にすれば、少しはこの気分も晴れるかもしれない。
琉稀は自棄になってビールを一気に飲み干した。



「…だからァ〜、俺は嫌いなんだよ…」
「うんうん、そうか…」

暫く経って、琉稀は3杯目のビールジョッキを手にしていた。
朔夜は既に5杯目に差しかかったという状態で、テーブルの上にはつまみの皿がいくつかと、飲み干したジョッキが並んでいる。

「カミサマなんて、何処にもいないじゃんか…誰か見た人でもいるわけ…?」

完全に目が据わっている状態で、琉稀は朔夜を睨んだ。

「俺は見たことないし、信じてないよ?」

それに対して朔夜は全く寄った気配など微塵も感じさせない。

「そうだろ!? プリーストなんてインチキ野郎だ!」
「そうかもしれないね…」

朔夜は琉稀の言葉に苦笑すると、空になったジョッキを両手でくるくると回しながらこう言った。

「琉稀ちゃんは、プリーストが嫌いなの?それとも、プリーストが嫌いな自分が嫌いなの?」
「…はァ?」

琉稀は朔夜の言っている意味が理解できずに、苛立ったような声を出す。

「だから、嫌いなのはプリーストなの?それとも、プリーストが嫌いな自分なの?」

朔夜は、一言ずつ言い聞かせるように言った。

「……」

琉稀は、酔ってうまく働かなくなった思考回路で朔夜の言った言葉を何度も反芻する。
プリーストが嫌いなのか、自分が嫌いなのか…。
プリーストを嫌いになりたい訳ではなかった。それだけは、確かだ。
だとしたら嫌いなのは、プリーストを嫌いにならなければならなかった自分、なのかもしれない。
けれどプリーストは、父親は、琉稀の期待を裏切って死んでしまったのだ。
そして琉稀は、そんな父親が死んだのはプリーストが信じる神様がプリーストを助けてくれなかったからだと思っていた。
助けてくれない神様に祈りを捧げるプリーストなんて、嫌いだ。
嫌いになりたくなくても、嫌わなければどうしようもなかった。
そうしなくてはならなかった自分が…

「本当は、プリーストが嫌いなわけじゃないんでしょ?」

ぐるぐると同じ考えを繰り返す琉稀に、朔夜はそんな質問をしてくる。
本当は、プリーストが嫌いなわけではない…。
言われた言葉をもう一度頭の中で考える。

「琉稀ちゃん、お父さんは琉稀ちゃんを守ってくれたじゃない。プリーストは琉稀ちゃんを助けてくれたでしょ?」
「……」

プリーストは、自分を助けてくれた。
でも、父親は…。

「人間はいつか死んでしまうものだよ。いくら神様にお願いしたって、これだけはかわらないんだから…」

朔夜は自嘲気味にそう言う。
琉稀はその言葉を何度も何度も頭の中で繰り返した。

「俺はうらやましいなぁ…琉稀ちゃんのお父さんみたいな父親」
「…え?」

琉稀はもう温くなってしまっただろうビールを見つめたままだった視線を上げて、そう言った朔夜を見る。
朔夜は苦笑すると、

「子供が大嫌いな親も、いるんだよ…」

と、小さな声で呟いた。

「だからさ、琉稀ちゃんはお父さんを嫌いになる必要もないし、プリーストを嫌いになる必要もないし、自分を嫌いになる必要もないんだよ?」
「……」

誰も、嫌いになる必要はない。自分は、誰も嫌いにならなくていい。
朔夜はそう言って琉稀の僅かに紫がかった瞳を見詰めた。
誰も嫌いにならなくていいのならば、自分は、譜迩を嫌いになる必要も…。

「朔夜さん…」
「ん?なに?」
「…………きもちわるい…」
「え…? わ、わーっ!琉稀ちゃんちょっと待って!! ランフィスばけつ持ってきて〜〜〜〜ッ!!」





















誰も嫌いにならなくて、いいんだよ…。
そう言われて、なんだか視界が開けた様な気がした。

























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